「イノベーション」の本来の意味をたどれば、「新結合」という言葉にたどり着く。20世紀前半に活躍した経済学者シュンペーターの言葉だが、彼は産業革命を支えたイノベーションの一つである「鉄道」を例えに語っている。
「馬車を何台つなげても汽車にはならない」。「鉄道」というイノベーションは、馬の馬力を蒸気機関に置き換え、貨車や客車をつなぐという「新結合」がもたらしたものだという。旧来からあった蒸気機関と馬車の荷台や客車を組み合わせたことで、汽車が生まれ鉄道というビジネスが生まれた。新しい技術=イノベーションではない。
私たちはイノベーションを「新しい技術による革新」と捉えがちだが、本来の意味は次のようになる。「新しい技術も含め、技術や仕事のやり方などのさまざまな要素を、これまでとは違う視点で捉え、新しい組み合わせにより変革を実現すること」。ソリューション・ビジネスに置き換えて考えれば、「これまでの仕事のやり方を、より強力なITという蒸気機関に置き換えて、業務やビジネスの課題を解決するためのテクノロジーと業務プロセスの『新結合』を実現すること」。最近話題の人工知能や量子コンピュータなど、かつては想像もつかなかったことが実現しようとしているが、このようなテクノロジー・イノベーションを生みだすことは、誰にでもできることではない。一方、ビジネス・プロセスの新結合、すなわちビジネス・イノベーションには、誰にでもチャンスがある。
例えば、「JINS PC」は、発売から2年で販売累計本数300万本を突破したパソコン用メガネだ。これまでメガネの需要は、「目の悪い人」に限られていた。この常識を打ち破り、「目の健康な人」すなわち「PCを使うすべての人」に市場を拡げた。既存の技術をうまく使い、新しい市場との「新結合」を実現したのだ。
お客様の業務に変革を促すことがソリューション・ベンダーの役割であるとすれば、必ずしも新しい技術や製品の提供にだけとらわれる必要はない。お客様の仕事を深く考察し、自らの商材や既存のノウハウの「新結合」を実現することに取り組むことも一つの方法だ。
「自分たちはお客様にイノベーションを提供できているだろうか」。不透明さが増すなか、この言葉を真摯に問い続けてゆくことが、求められているように思う。
『週刊BCN』編集長 畔上文昭
略歴
畔上 文昭(あぜがみ ふみあき)

1967年9月生まれ。金融系システムエンジニアを約7年務めて、出版業界に。月刊ITセレクト(中央公論新社発行)、月刊e・Gov(IDGジャパン発行)、月刊CIO Magazine(IDGジャパン発行)の編集長を歴任。2015年2月より現職。著書に「電子自治体の○と×」(技報堂出版)。趣味はマラソン。自己ベストは、3時間12分31秒(2014年12月)。