「日本企業の製造現場におけるデジタル化の遅れは悲惨で、目を覆うばかり。どの会社も遅れているから気がつかないし、緊張感がない。例えばアパレル。イタリアのインペリアル社だと企画から1週間で新商品が店頭に並ぶ。H&Mだと2週間。ところが日本の企業だと3カ月が標準。まずスピードにおいて勝負にならない」――。フランスの世界的なIoTのパイオニア企業レクトラの日本支社担当者は、日本の製造現場を心配してこう語る。
同社の年商は350億円だが、母国フランスでの売上高はわずか8%。残りは世界各国のファッション、自動車、家具など32拠点、2万4000社の顧客に提供する製造現場のデジタル化支援が占める。社員数は1700人。世界の製造現場をつぶさに見ているからこそ、日本の事情がよく分かる。
では、なぜ日本の製造現場のデジタル化が遅れているのか。これが考えさせられる。その第一は設計図を出したがらないことだ。個人が抱え込むこともあるが、会社も出したがらない。だから、ITチームがデザイン、原材料の調達、生産体制の各部門になかなか向かうことができない。そして、この作業を専門会社に外注しないで自前でやろうとする。日本だけがまだ図面が命、この認識が抜けきれないのだという。
第二は、商社、問屋、専門店、デパートなど一つの商品のための関係者が多過ぎること。相談相手が多いから時間がかかる。日本が得意するコンサンサス型ビジネスが時間を使っているのだ。
第三は、日本のアパレル産業は確かにアジアを始め各国で製造しているが、実は海外で販売しているのは一部だけで、生産量の8割は日本国内で売っている。しかも外国企業の商品はあまり国内市場に流れていないため、このやり方でやっても当面支障がでないのだ。
確かに、アパレル業界はあまり海外で売るという話を聞かない。世界で売るとなると外国企業との競争は避けられない。プロセズの円滑化、データの一元化、開発期間の短縮、製造コストの削減、原材料の無駄排除などが必然的に求められるが、「みんなで日本市場を仲良く食い合いましょう」では、こうはならない。
そして、これがアパレル業界だけでなく多くの業界がそうであるというのだ。デジタル化が急速に進む今、日本の製造現場はまず世界の動きをきちんと把握する必要がある。
アジアビジネス探索者 増田辰弘
略歴

増田 辰弘(ますだ たつひろ)
1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。2001年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。