「動植物は遺伝子の生存機械である」が、リチャード・ドーキンズ著の「利己的遺伝子」の重要なメッセージの一つである。遺伝子はさまざまな生存機械でその設計図(プログラム)を実行(execute)でき、生存機械はさまざまな遺伝子を実行、保存することが可能とある。
このような観点でIoT(Internet of Things)を考えてみると、Things(モノ)はプログラム(遺伝子)にとっての生存機械に対応するのではないか。最近のThingsの実現方法としては、VMを用いてハードウェアに依存しないソフトウェアコンピューターを作成し、多様なモノの上で共通のプログラムを稼働させる方法が一般化しつつある。VMは機能を実行するインスタンスで、その物理的な存在場所を自由に変更することが可能なので、抽象化とアンバンドル化が行われたサイバーファースト、デジタルファーストの世界では、もはやIoTではなく、IoF(Internet of Functions)と呼ぶべきなのかもしれない。
ドキュメンタリー映画「American Factory」を観る機会があった。中国の企業が米国の廃工場を復活させるというストーリーである。品質と生産性の向上を同時に実現させるために、よく働く中国人と、個人の時間を重要視する働かない米国人を描いていたが、利己的遺伝子のメッセージに沿ってこの映画を観ると以下の二つの点が指摘されていたと言える。
(1)中国の工場の遺伝子を、米国の工場に移植する努力が行われた。工場という生存機械の中には、米国人というもう一つ小さい単位の生存機械が存在している。米国人を中国人に、人という生存機械の遺伝子を移植できれば、中国の工場は米国に瞬間移動できるが、それは非常に難しい。
(2)効率化と安全性の向上のために、米国人(+中国人)は、ロボットに置き換えられ、生産性の向上が実現された。これは、中国人の遺伝子が、ロボットという生存機械を発見し、そこで、繁殖し、生態系を形成した。
これは、「デジタル化(=アンバンドル化)された企業はどこでも移動でき、自分たちに有利な労働法のある場所で最低賃金で労働者を雇えるようになった」という「世界を変えた14の密約」(文芸春秋社、2018年)の記述そのものではないか。デジタル化の遺伝子は、メディアなどをその生存機械とする段階から、全ての「モノ」を生存機械にしようとしており、これこそがデジタルイノベーションなのではないだろか。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩
略歴

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。1987年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。1998年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。