新卒で出版社に入社したとき、企画や取材・執筆以上に苦労したのが、社内の事務的な作業だった。制作にかかった経費など諸々の金額を集計し、定められたフォーマットの書類に落とし込み、経理部門に報告する。販売部数などの実績を、これもまたある書式に従って記録し、分析に必要な資料として上司に提出する。
会社の仕組みをある程度理解した今なら、なぜそのような作業が必要だったのか、目的は理解できる。経理の伝票には細かなルールも多く、当時は「なぜ、この項目とこの項目は二つのマス目にわけて記入しなければいけないのか」と苦痛でしかなかったが、会計上の規則への準拠や、経理担当者が次に行う作業の効率などを考えると、確かにあのルールには業務をうまく回すための知恵が詰まっていた。
ただ、会社や上司が何を求めているのか、社会経験のない新人がその背景まで理解するのは難しい。表計算ソフトを開いて情報の成形をする細かな作業に、累計すると月のうち2営業日以上は費やしていたと思うが、誰の役に立っているのか実感できない仕事には気乗りしなかった。
生成AIやAIエージェントの高度化によって、業務アプリケーションの姿が大きく変わるとの見方がある。「SaaS is Dead」論のような破壊的変化には本紙は懐疑的だが、詳細な仕様が事前に定義されたアプリケーションを人間が操作して仕事を進めるという今のやり方が、プロンプトを通じてシステムと対話しながら、その時々の課題を解決するかたちに変わっていくのは、長期的に見れば間違いない。
そうなったとき、私が新人時代に憔悴させられていたような、事務的な中間作業はなくなるだろう。「今月の支払いをまとめて」「分析に必要な資料をつくって」と入力すれば、個別のアプリケーションソフトを開かなくても必要な成果は得られる。AIもたまには間違えるかもしれないが、人間よりはずっと正確だ。
一方の従業員側は、昔であれば給料が発生していた、ただ表計算ソフトをいじっているだけのような時間は許されなくなり、勤務中は常にビジネスの成果に向き合い続けることが求められるようになる。作業仕事を通じて知らず知らずのうちに学んでいた、組織や経営管理の仕組みを知る機会も失われる。私たちは、「自分は何を生み出しているのか」という問いからますます逃げられなくなる。
週刊BCN 編集長 日高 彰

日高 彰(ひだか あきら)
1979年生まれ。愛知県名古屋市出身。PC情報誌のWebサイトで編集者を務めた後、独立しフリーランス記者となり、IT、エレクトロニクス、通信などの領域で取材・執筆活動を行う。2015年にBCNへ入社し、「週刊BCN」記者、リテールメディア(現「BCN+R」)記者を務める。本紙副編集長を経て、25年1月から現職。