北斗七星

北斗七星 2002年9月30日付 Vol.959

2002/09/30 15:38

週刊BCN 2002年09月30日vol.959掲載

▼「5人生存、8人死亡、1人不明」。あまりに衝撃的なこの事実を前にして、私たちはたじろぎ、戦(おのの)く。そして、立ちすくんでしまう。失われた時間を思い、あまりにも非情かつ不条理な出来事を思い、私たちは呆然とする。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に拉致された人たちに関する報道を前にして、同情、怒り、悲しみ、憤怒、これらの言葉が安っぽく思えるほど複雑な感情の溝に突き落とされてしまう。

▼優れた政治思想家であるハンナ・アーレントは、第二次大戦後、「なぜ、ナチスはあのおぞましいホロコーストを引き起こしたのか」という疑問を解くため、アイヒマン裁判を傍聴した。アイヒマンとは、何百万人ものユダヤ人を強制収容所に送った張本人の1人、アドルフ・アイヒマンである。ちなみに、ハンナ・アーレントはユダヤ人である。あの未曾有の惨劇を引き起こした戦犯を裁く法廷で、「どれほどすごい怪物のような人物、悪魔のような殺人鬼なのだろう」と待っていたアーレントは愕然とした。出廷したアイヒマンは、普通のおじさんだったのである。ここから、人間の狂気、国家・体制の狂気を考察した名著「全体主義の起源」が生まれる。

▼国家とは、ここまで非情になれるのか。独裁体制とはかくも冷酷になれるのか。そう思わずにはいられない。戦後初めて北朝鮮との首脳会談を実現した小泉首相の功績は確かに大きい。その歴史的意義もわかる。しかし、それを冷静に評価できないのもまた事実なのである。
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