ITテッなライフ

<ITテッなライフ>1.日記「ヨーロッパ浮わ気ドライブ」

2002/10/07 15:26

週刊BCN 2002年10月07日vol.960掲載

 ある男の旅の日記(のコピー)をもっている。時代は昭和32年。外貨の持ち出しが制限されていた頃、この男は友人と2人で4か月間、ヨーロッパを自動車で旅したのである。

 名を水馬義輝という。昭和20年に創立した広島市の広告代理店「みづま工房」の創始者だ。38歳のとき、一念発起してプロペラ機で日本を発ち、マニラ、ニューデリー、イスタンブールなどを経由して48時間をかけてパリに着くのである。1か月滞在したパリでは車の免許を取るためにベスパを買って道路事情を調べ、免許取得後はレンタカーで3か月間ヨーロッパ各地を旅した。

 日記にはガソリンの値段や走行距離、撮影記録、食事、通った美術館、目に留まった広告、出会った人々のことが事細かに記されている。ここらへん、さすが広告屋だ。ときに「パリーに着いて4、5日間、腹の調子が変(中略)うめぼしをナメたら直った」なんて日もあり、氏がペンを走らせた当時の空気が、めくるページからはみ出して漂っている。

 もし、この日記がパソコンの画面上で、写真とともに美しくレイアウトされていたらと思う。ハテ、この空気感は生まれていただろうか? いかにもペンの胴体を強く握っていると思われる男っぽいクセ字が頁を埋めているからこそ、ペンを走らせた背景に想いを馳せたくなるのだ。それがこの日記の力である。

 今は亡き水馬義輝氏はこの日記を「ヨーロッパ浮わ気ドライブ」というタイトルで出版してくれと常々言っていたものだ。

 なぜ浮わ気?と問うと、広告屋は何じゃこりゃ? と思わせることからはじまるんじゃ、が持論だった。

 また、昭和20年、焼け野原となった広島でカラオケ大会を開いて(約500mも行列ができたらしい)一晩で会社の資本金をつくったという実行力のあるアイデアマンでもあった。

 「あと何十年か経たんと私には追いつけんよ」

 仕事でわかった風な口をきく、その実、青二才のわたしはよくこう戒められたものだ。
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