旅の蜃気楼

「天下太平」

2003/04/14 15:38

週刊BCN 2003年04月14日vol.986掲載

▼伯備線に方谷という駅がある。方谷駅は高梁市にある。それらの名前を聞いてピンと来る読者は岡山県の出身、もしくは陽明学者・山田方谷の研究家ではないか。高梁市は、江戸の時代には備中松山藩という。最後の殿様は板倉勝静で、15代徳川慶喜将軍の老中首座を務め、徳川時代の幕引きに居合わせた人物だ。山田方谷はその藩の陽明学者で、その財政を立て直し、街づくりに成功した。最近、その人、山田方谷の存在と偉大さを知り、関連書籍に目を通すうちに、生まれ育った土地を見たくなり、旅に出た。

▼高梁市の宿泊先は、油屋旅館にした。川筋にある古びた旅館だ。その昔、山田方谷に弟子入りするため、長岡藩の河井継之助も投宿した。旅館の中庭は池だ。桜が水面にしだれ、大きな鯉が悠然と泳ぐ。ふうてんの寅さんは2回、ここをロケ地に選んだ。城下の街並みは、その風情は文武両道に励む、整然とした藩の生活を匂わせている。この文化は、現代の人が昔のいいものは残す、という街づくりの意志の下で残している。人の心は教えられたことにもとづいている。この地では山田方谷の教えが息づいているのだ。

▼山田方谷は中井で生まれた。高梁市の北方に位置する。山間の生家の近くには、中井小学校がある。7日の入学式には新入生を迎える。全校生徒42人。玄関を入ると、脇に「天下太平」の書額が掛けてある。方谷先生、5歳のときの書だ。早熟である。その後、中井から西に位置する現在の新見市で学問を積み、京都で佐藤一斎に学ぶ。新見市は昨年、全国初の電子投票を実施した市だ。教えとは行動を決める根源である。(本郷発・笠間 直)
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