戸板祥子の筝曲の時間

<戸板祥子の筝曲の時間>5.情熱

2003/08/04 15:27

週刊BCN 2003年08月04日vol.1001掲載

 チャイコフスキーコンクールで1位を受賞したヴァイオリニストの諏訪内晶子氏は、コンクールに出場する前にそこで演奏すると入選するというジンクスのあるホールが、神奈川県の某所におありだとか…

 収容人数は60人ほど。吹き抜けの洋館で、1950年代製の小型のスタンウェイピアノが置かれているそうだ。

 彼女は1988年9月、ジェノバのパガニーニ国際コンクールに参加する直前にそこで演奏し、結果は2位。90年5月、チャイコフスキーコンクールに挑戦する直前にも演奏し、結果は読者の皆さんも知っている通りの優勝である。

 仕事でも、ここに寄れば上手くいく、この人と会うと元気が出る、など皆様おもちでしょう。

 私の場合は、(1)リハーサルで失敗する、(2)直前まで練習する、(3)適度に緊張する、この3つが揃うと本番が上手くいくケースが多い。

 さて、彼女の「ヴァイオリンと翔ける」(NHK出版)を読んで共感したのは、彼女の深い不安感、危機感である。今の演奏で、はたして解釈が正しいのか。曲が作られた時代背景の勉強が足りないのでは、という悩みである。

 私は、01年度の文化庁インターシップ研修生に選ばれ、1年間の国内留学をした。それが私の新たな勉強の始まりとなった。

 私も作曲家の意図や思想を楽譜から読み取る術を身につけたかったのだ。

 そして、4人の新しい先生との出会いは、技術もさることながら、邦楽演奏家としてのプロ意識、人間的魅力、たゆまない研究を続けている姿を垣間見ることができる貴重な経験となった。

 私にとって箏を弾くということは、生きていることである。絵画をみるのも、読書も人との出会いも全て「箏を弾く」ということに繋がっている。

 ひたすら学び続ける人生というとオーバーだが、そこまで打ち込めるものがあって良かったと30歳を過ぎて思うようになった。

 未知の物に出会い、知り、探求していくことは、まさしく生きることである。知りたいという欲望は情熱に変わり、芸術家にとって、その情熱は何よりも必要なものである。
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