2月21日の深夜1時26分、再び赤道を通過して北半球に入った。22日早朝、大きくうねる波の向こうに島影が点々と右舷に見えてきた。8時(東京5時)、波静かなマジェロ環礁内に投錨、飛鳥のボートで船着場に上陸した。

 マーシャル諸島はかつて日本の委任統治領で、当時「私のラバさん酋長の娘…」と歌に唄われたところである。太平洋のど真ん中、赤道直下から北回帰線近くまでに1225の小島が点在する29の環礁と、5つの独立した島からなり、その陸地面積は霞ヶ浦に近い。

 首都はマジェロ環礁内のマジェロ市で、人口6万人。そのうちマジェロに3万人住み、日本人は海外青年協力隊員など70人が各島に分かれて住んでいる。住民は非常に親日的である。

 環礁は浅いラグーン(礁湖)を囲んで、いくつもの珊瑚礁の小島が円形や半円形に連なっており、絵のように美しい。そんな環礁が多いマーシャル諸島は「太平洋に浮かぶ真珠の首飾り」といわれ讃美されている。

 ここは先の大戦で東方近くのマキン、タラワ両島で日本軍が玉砕し、戦後はビキニ環礁などで原水爆実験が行われるなど、深い傷跡が残っている。どの島も海抜数メートルで農耕に適せず、そのうえ交通が不便なので、抜群の景勝地でありながら海外からの観光客が少ない。そのために島の発展が遅れ生活水準も低いようだ。

 現在米国の保護の下で、日本は教育や産業面で支援している。台湾も数少ない友好国として大使館を置いて支援している。

 島内を散策したあと、帆船に乗って約2時間のラグーンクルーズを楽しんだ。強い海風に帆をはためかせながら、青い空とコバルトブルーの海に浮かぶ小島を次々に巡った。初めて経験する帆走だったが、あまりの爽快さに時のたつのを忘れていた。

 若い協力隊員が「日本に輸出するのは鮪と台風だけ」と明るく笑い、「あと半年で帰国できる」と話したのが印象的だった。