毎年夏休みになると、多くの日本人観光客がニューヨークにやってくる。毎回目にする光景が、携帯電話の使用に関する一幕だ。日本の携帯電話は、海外での利用を前提とした機種以外では、別に契約しないと通じないのはご存じの通りである。

 世界的にみても高機能とコンパクトな筐体を両立させ、抜群の通話品質と安定したサービスを実現した日本のメーカーや通信会社の努力にはすばらしいものがある。しかし携帯電話が特定の国でしか通じないというのでは、国際化の流れに背を向けることになる。

 諸外国で使用できる携帯電話が日本では使用できない。この事実は日本の閉鎖性を現しているだけではない。現状の日本の携帯電話環境とは、ユーザーが当然享受できるはずの利便性を取り上げられたままであるということだ。それは諸外国では当然のように実現されており、決して無理な要求ではない。

 「国際化」などといった言葉が市民に浸透し、さまざまな局面で世界と対等に渡り合うためには、実はまず最初にこのような国内事情の払拭を優先すべきではないだろうか。井の中の蛙では、社会の一員と認めてもらえない。(ニューヨーク発)