旅の蜃気楼

西安、タイガーバームの旅

2007/10/01 15:38

週刊BCN 2007年10月01日vol.1205掲載

【西安発】眠い時にタイガーバームを鼻の下に擦り込むと、「スーッ」として目がさめる。あの匂いは独特で忘れられない。9月24日朝、西安飛行場で帰国便を待っていた。時間つぶしにぶらぶらショップをひやかした。土産物の中に“清凉油”という赤い小さなタイガーバームの缶を見つけた。懐かしくて、思わず財布の紐を緩めて買った。十円玉の大きさだ。手から滑り落ちないようにして、親指の爪で蓋を開けた、匂いをかいだ。大きさもデザインも匂いも「これだ!まだあるんだ」。

▼22年前のこと。1985年9月13日、日本パソコンソフトウエア協会のツアーで中国を訪れた。天津のコンピュータ工場を見学し、北京、上海を9日間視察した。渡航費は42万9000円だ(いまなら西安の旅4日間9万2000円、安くなったものだ)。その当時のコンピュータ工場の有り様には、あきれるばかり。これが中国なんだ、と。それでも工場長の于清文さんは、もてなしの限りを尽くしてくれた。3泊して北京に移動する別れ際に、通訳が掌に小さな赤い缶を握らせてくれた。愛らしい猫の絵が書いてある。蓋を取って匂いをかいだ。タイガーバームだ。それも、半分、使いかけのものだ。きっと、大事に使っているのだろうということはわかった。「大切なものだから、いいですよ」。返したが、押し返された。手が触れた時、はっとした。

▼それ以来、中国とは親しいつき合いをすべき国であると思って、何度も足を運んでいる。今回訪ねた西安は、シルクロードの出発地、昔の長安だ。奈良、京都の原型がそのまま生きている。周恩来、蒋介石、張学良が政治決着で、抗日を決めた西安事変の現場である。歩きながら歴史を訪ねるうちに、東門に出た。堂々とした城壁に流れの速い深い堀が続く。東門の広場に同世代の人たちが集まってきた。孫を連れて遊ばせている。乳母車を引いた若いお母さんも、“まったり”と時間を過ごしている。腕白な子供はローラースケートで、追いかけっこをしている。中国は元気がいい。21年間も同じように元気がいい。ぎらぎらもしている。小さな赤い缶は眠い時にすぐ使えるように、今も筆箱に入れてある。(BCN社長・奥田喜久男)
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