旅の蜃気楼

時空をこえた「空海」にあやかって…

2008/02/11 15:38

週刊BCN 2008年02月11日vol.1222掲載

【高野山発】神社ばかりの旅が続いたので、バランスをとるため、お寺に出向いてみた。

▼4000人が住み、うち1000人が坊主という真言密教の街、高野山を成人の日に訪ねた。奥の院に最も近い、清浄心院を宿坊に選んだ。奥の院とはお墓がずらりと並んだ場所で、その一番奥に空海(弘法大師)が承和2年(835年)3月21日に入定し即身成仏となった御廟がある。大師、62歳のときである。この御廟から清浄心院の間、歩いておよそ30分の細長い山道に日本史に登場する権力者がずらりと肩を並べている。名だたる企業の社長家代々の石塔もあって、さながら時空をこえたお墓のパビリオンだ。清浄心院は上杉家のお墓をお世話している。その墓は威風堂々の佇まいだ。しかし、朽ちている。近くにある武田家のお墓も、豊臣家も、織田家も、島津家のそれも、苔むして、侘びさびの世界ではあるが、“生きたお墓”とは感じられない。

▼清浄心院の朝の勤行に出た。50畳ほどの仏間には昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の新しいお位牌のほかに古いお位牌がずらりと並んでいる。同席した信者らしいお婆さんは、自分が持ってきたお位牌を仏壇の棚に置いて、坊主と一緒にお経を唱えていた。3人の坊主の声明(しょうみょう)に混じって、老婆のお経はとつとつとしており、あっちの世界とこっちの世界が交錯して、すでに旅立った肉親や仲間たちを思い浮かべさせた。もう数年前になる。ヤフー社長の井上雅博さんと食事をした時だ。「お墓を上野につくりましたよ」「そう、それはそれはお父さんが、お喜びでしょう」。こんな会話をした。上野といえば谷中だ。ここには寛永寺がある。徳川家の菩提寺だ。

▼そのヤフーに最近、マイクロソフトが買収を仕掛けた。私がビル・ゲイツに取材したのは1984年。今回の買収は、ビルの最後の仕事という。最初の仕事であるWindowsも元は買収で手にしたソフトだ。人間の打つ手は変わらない。同じ人を長く観察していると、基本行動が見えてくる。「旅の蜃気楼」もきっと、時空をこえて同じことを書こうとしているのではないか。週1回、27年間、綴っている。それでも、書き続けたいと思うのである。(BCN社長・奥田喜久男)
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