旅の蜃気楼

失意の果てに行き着いた笑顔の大切さ

2008/06/30 15:38

週刊BCN 2008年06月30日vol.1241掲載

【本郷発】いささか驚きもしたが、貴重な言葉と姿勢を分けてもらった。場所は本郷のBCN編集部、韓国の友人の紹介で、アメリカで成功した韓国女性に会った。「こんにちは。わ、た、し、は、ジンソー・テリーです」。たどたどしい日本語でオープンハートの姿勢と満面の笑みで会話が始まった。この笑顔はどこかで見た覚えがある。そうだ、これは笑顔を練習するときの“笑顔”。それも爆発的なエネルギーを発する笑顔だ。

▼ジンソー・テリーは1978年に釜山大学を卒業した。「当時の韓国には大学卒の女子を採用する企業はなく」就職できなかった。「それなら、博士号を取ろう」と決意、ソウルの淑明女子大学の大学院に通い繊維機械工学の博士号を取得し、81年に卒業。この時は、「やっと繊維系の会社に就職できた」が、博士号を持っているにもかかわらず女性ということで「不本意な待遇」を受け続けた。そんな時、「世界は広いよ」と教えてくれたニュージーランドの女性と偶然に会い、「85年に渡米を決意した」。次に就職した会社では60人の部下を抱え、10億円だった売り上げを3年間で45億円にまで引き上げ、部下を300人抱えるまでになった。ところが、業績が少し悪化したとたん「クビ」を言い渡されてしまった。理由を聞くと、彼女の下では働きたくないという部下が多いというのだ。ショックだった。そこで周囲を見回してみた。すると、同僚のマネージャーたちは、いつもニコニコしながらジョークを飛ばして部下に接しているではないか。自分にも問題があることがわかった。そこで自らを変える訓練をした。鏡を見ながら“スマイル”を繰り返した。会話術も習った。部下に接する時には「指示をせず、話を聞くことにした。仕事もプライベートなことにも相談に乗った」。こうして編み出したのが「Fun+Unique+Nurturing」のFUNマネージメントだ。このスキルを普及するため、2004年、サンフランシスコでAdvanced Global Connections(AGC)社を起業した。

▼「最初は、お母さんの言うとおりに一生懸命働いた。でも、もっと大切ことなことがあったの。コミュニケーションなのよね」。私にも思い当たるフシがある。(BCN社長・奥田喜久男)
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