SAPジャパンのトップが6年ぶりに交代した。4月から同社をリードする堀川嘉朗社長は「ERPを変革の基盤にしたい」と意気込む。ERP上で処理される、さまざまな業務プロセスから蓄積されたデータを強みに企業のAI活用を支援する構えだ。パートナーとの連携も重視し、生成AIツールの提供でパートナーによるプロジェクトの成功を後押しする。
(取材・文/大畑直悠 撮影/大星直輝)
顧客の競争優位性を見定める
――社長に就任し、心境はいかがですか。
重責はもちろんありますが、それ以上に当社への期待値の高さを感じ、私自身にもエネルギーがみなぎっています。社長就任の発表後、さまざまな顧客やパートナーへの訪問を通じて、変化の激しい世の中でSAPがどのような役割を果たすべきかについてフィードバックをいただき、当社の新しいビジョンや戦略がよりくっきりしました。
――ビジネスの近況を教えてください。
2025年度に関しては、日本の総売上高は前年度比16%増の約16億ユーロで好調です。クラウド製品が成長をけん引し、業務プロセスやデータ、AIの活用を一体で支えるスイートとして提供している点が顧客から評価されています。
特に日本の顧客のグローバル化を支援する需要は大きいです。国際市場の中でいかに競争力を持つかを課題とする顧客は多くいます。この点では、SAP自身がグローバルのソフトウェア企業として、オンプレミスからクラウドへと事業を転換した経験を一つの事例としてお話ししながら顧客の変革に伴走しています。
「ECC6.0」からクラウドERPへの移行に関しても順調に進んでいます。サポート期限が切れるということもありますが、AIや時代の変化に対応するために数十年前の経営基盤を変えるということが、もはや選択肢ではなく必須要件になったと経営者は考えています。ただ移行するだけではなく、経営のあり方そのものを変革するための本質的な議論が進んでいます。
マイグレーションに関する技術革新も進んでおり、AIの活用によってデータの移行などに関しても効率化する方法論を整えています。今まで数年かかっていたものが、場合によっては半分になることもあり、移行そのものはスピード感をもって取り組めるようになっています。
――AI時代にERPが果たす役割をどう考えますか。
ERPは「ヒト」「モノ」「カネ」の流れを捉えることに加え、企業の変革の基盤とすることが重要になります。これからAI活用が進む中、よりデータと業務プロセスを理解したAIの利用が求められます。この両方を兼ね備えているのが当社のERPと言えます。
AIが経営の中に入ってきた際、自動化や簡略化が起こるとしても業務プロセスの骨格自体が変わるわけではないと考えています。企業経営の中で必要な監査や報告義務に対応するためにもSoR(System of Record)としての役割は引き続きあります。一方で業務プロセスがERP内に集約されている点をどのように生かすかが重要になっています。当社では、20の業種に合わせた標準的な業務プロセスや、業種ごとに根ざした知見を備えたAIアプリケーションを用意しています。顧客の中で、競争優位性を生み出す源泉を明確にし、標準化して良いものはどんどん効率化して別の投資に振り分ける必要があるでしょう。そのため、プロセスマイニングツールである「Signavio」の存在も必要不可欠です。実際に業務がどのように遂行されているかを可視化しつつ、AIで自動化できる部分の特定を迅速化するために必須のツールとなっています。
プロジェクトの前後が重要に
――パートナーが提案から導入、活用支援まで一貫して担う自走モデルを拡充する方針を示しています。
パートナーが主導する案件の拡大や移行ツールの充実が要因としてあります。例えばクラウド製品への移行や導入を支援する生成AIツール「Joule for Consultant」を用いれば、顧客の課題を解決する製品や機能に加え、導入までの道筋や議論すべき点などを提示してくれます。顧客のシステムの状況を把握しているパートナーがこれを利用することで、プロジェクトのスピードが上がり、どのような経営をしたいかという議論に重点を置けます。
市場におけるSAP人材の育成の方法も変わっています。少し前までは深い製品知識を持っていることが認定人材の証しでした。私も含め、社員はテストを受けて自身の知識の有無を証明していましたが、26年から、それはやめています。Joule for Consultantが手元にある前提で、製品知識を使っていかに顧客の変革をガイドできるかを見ています。その点で、情報へのアクセスのスピードは上がっています。
――AIを利用した移行に関しては、パートナーにとっても当たり前に利用できるものになっていますか。
まだまだ当社が伴走しながら一緒にプロジェクトを実践する必要があると考えています。国内顧客の高品質で確実な移行をしたいという思いと、スピード感への要求を両立させるために、当社自身も一緒にプロジェクトに参画して、スキルやノウハウを蓄積することが重要になります。その中で、新しい移行のやり方として再現性のある方法をしっかりとつくり、共有していきます。
これまで国内のパートナーはSAPプロジェクトの遂行部分に注力していましたが、重要なのはその前と後です。プロジェクトの成功の指標をしっかりと定め、当社のクラウドソリューションを使っていかに短期で実現するかを計画したり、プロジェクトが終わってシステムが稼働し始めた後には、新しく出てきた業務プロセスの改善に時間を割いたりして、顧客のライフサイクル全体を支援してもらいたいです。
パートナーと狙いたい市場としては、中堅・中小企業と地方への拡販があります。また官公庁への導入促進も考えており、パートナーとの新しいチャレンジを続けたいです。
既存の延長線上ではないデータ活用を
――25年に発表したデータ活用基盤「Business Data Cloud」の状況を教えてください。
非常に好調です。データ活用といってもこれまでのようなレポーティングの用途ではなく、非SAP製品も含めたシステムのデータをAIで利用するためにあるという点で、従来とは異なります。既存顧客にとってもデータ管理を見直す機会がきており、それがこれまでの延長線上で考えてはもったいないです。Business Data Cloudは「Databricks」や「Snowflake」といったデータ基盤上のデータをゼロコピーで利用できる点も特徴です。当社のERPに蓄積されたビジネスコンテキストを生かしたAI活用を支える点で、優位性を発揮できると考えています。
――組織マネジメントの観点での注力ポイントを教えてください。
新しいことにチャレンジする文化をより醸成したいと考えています。技術の革新を日本法人はいち早く享受できる立場にいます。グローバル企業であることを生かして最新の知見を国内の顧客にも共有する立場を築きたいです。
――今後の意気込みをお聞きします。
当社はERPやAI、データ基盤を扱うベンダーですが、顧客にとってのパートナーでありたいと考えています。ビジネスの変革や将来の展望を思い描く際に頼ってもらえる存在となりたいです。そのために必要な人材育成をSAPジャパンとしても取り組みます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長就任のタイミングで、自社のビジョンに「『和魂洋才』でお客様の変革を支える日本で最も信頼されるパートナーへ」を据えた。和魂洋才には、国内企業が得意としてきた現場改善の精神を尊重しつつ、西洋における全体最適の考え方や最新のテクノロジーを掛け合わせて国内企業の競争力を向上したいとの思いを込める。
SAPジャパンとしては国内とグローバルの架け橋になることがミッションだと位置付ける。地政学的な状況など、企業経営の状況は複雑性を増している。最新の知見を基に、自社のソリューションが、顧客に確固たる指標をもたらす経営基盤となるようにしたい。
プロフィール
堀川嘉朗
(ほりかわ よしろう)
1974年生まれ。東京理科大学工学部卒業後、98年に日本ディジタルイクイップメントに入社。その後、米Dell(デル)日本法人を経て2013年にSAPジャパンに入社。19年にバイスプレジデントサービス事業本部サービス営業本部長、21年に常務執行役員サービス事業本部長、24年に常務執行役員最高事業責任者。26年4月から現職。
会社紹介
【SAPジャパン】独SAP(エスエーピー)は1972年に設立。ERP製品のトップベンダーで、クラウド製品ベースで3億人以上のユーザー数を誇る。ほかにもプロセスマイニングの「Signavio」やタレントマネジメントの「Success Factors」など、幅広いIT製品を提供する。日本法人のSAPジャパンは92年設立。