旅の蜃気楼

つらい登りは仕事を忘れさせる

2009/11/05 15:38

週刊BCN 2009年11月02日vol.1307掲載

【槍ヶ岳発】寒くなり始めた。こうした季節の変わり目には、自然模様に土地柄がくっきり現れる。BCN編集部のある本郷界隈は、ぼちぼち紅葉の季節に入った。だが、北アルプスの山々は、一足先に10月の初旬から冬じたくに入った。前号に引き続き、双六小屋から槍ヶ岳に向かった。この尾根は西鎌尾根という。パノラマに拡がった山並みは、実に見応えがある。と同時に、登り甲斐もある。長い登りのコースはつらい。こんな時は、いつも頭の中を巡っている仕事のことは掻き消えている。きつい登りの効用だ。

▼仕事といえば、昨年9月のリーマン・ショック以来、IT分野の外資系企業は日本の企業に先立って、申し合わせたように事業を縮小した。何事が起きたのだろうかと、不思議に感じるほど、その打つ手は早かった。今にして思えば、さすがに素早い経営判断だと、感心させられる。まずは社長の退任が相次ぎ、新社長が就任する。新任の挨拶を終えて、船を漕ぎ出す。すると間もなく、退任話が伝わってくる。早い退任劇に驚いていると、いつの間にか外資系企業の社長に日本人が少なくなってしまった。「今、この時期の外資系企業の社長はつらいでしょう」とは、ある外資系企業の社長。昨年から今年にかけて、景気が低迷しているせいか、ヘッドハントの話があまり聞かれなくなった。それが最近になって、ヘッドハンターの動きが活発になっている。人材の強化は景気回復を測るバロメーターだ。外資系企業は一足先に投資のアクセルを踏んだようだ。

▼登り坂をひたすら歩き続ける。ふと見上げると、槍ヶ岳と小槍が目の前に現れる。「やっと、ついた」。槍の穂先は垂直に切り立っている。空に向かって尖っている。さて登るとしよう。垂直の岩に垂直の鉄梯子がついている。その日は雪が岩肌についている。気味の悪い登りだ。アドレナリンが吹き出る。頭の中は垂直の岩のことで一杯だ。梯子の手を持ち直す。見上げた空が突き抜けて美しい。あの空には明日がある。(BCN社長・奥田喜久男)

抜けるような青い空。見下ろすと足が震える槍ヶ岳の穂先だ
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