旅の蜃気楼

御年91歳の「旅のあしあと」

2013/08/09 15:38

【内神田発】大塚商会の創業者、大塚実さんから本が届いた。手に取ると、ずっしりと重い。「念願の旅の総集編ができたのかな」と思った。届いたのは7月のこと。封を切って中身をちらりと見て、書棚に積んでおいた。8月6日、友人から「大塚さんの本の前書きに、奥田さんの名前が出てたね」という連絡が入った。これはいけない。見落としている。さっそく開いて確かめると、巻頭言に当たるはしがきの冒頭に「BCNの奥田喜久男会長に説得されて――」と、綴られているではありませんか。

▼はしがきを読んで、うれしくなりました。しかし、大塚実さんに「会長」と呼ばれるのは初めてのことなので、なんだかお尻のあたりがもぞっとしています。いつも私のほうが大塚さんを「会長」とお呼びしているのに……。私が会長に就任したのはこの4月で、まだまだ新米です。大塚さんが会長に就任されたのは2001年8月でした。今も名誉会長なので、「会長」とお呼びしています。とにかく年季が入っています。

▼事業を裕司さん(現社長)に譲って久しいので、大塚実さんをご存じの方も少なくなっているのではないでしょうか。生まれは1922年10月9日、学徒動員でビルマ(ミャンマー)に出征。復員して理研光学工業(現リコー)に入社し、1961年、38歳で大塚商会を創業。2000年7月に東証1部上場。翌年、長男の裕司さんに社業をバトンタッチして会長に就任し、代表取締役は2004年3月に退任。82歳の時でした。多くの同世代は好々爺の年齢です。実に43年にわたって大塚商会を発展させてこられました。

▼ところが大塚さんは、その退任の時点にあっても百獣の王の風貌で、永遠に社長ではないかと思うような雰囲気を漂わせておられました。会長就任後の初会見で、大塚さんの頭が白髪なのに気づきました。その時に大塚さんの口から出てきたのは、「会長になったからね、髪を染めるのをやめましたよ」。社長としてのいでたちは、髪の色にまで及んでいたことを知らされました。大塚さんと私は年齢差が27歳、ちょうど父親の世代ということもあって相性がよかったのです(最初から相性がよかったわけではありませんが、このことについてはいずれ機会があれば……)。

▼私は業界紙の記者として、20年以上も大塚実さんを追いかけていましたから、大塚商会の将来も気になるところです。強烈なリーダーシップの創業者の後を継ぐ長男経営者の行く末はいかなるものか、誰もが興味津々にみていましたね。もちろん私もそうです。そこで案を巡らせました。強いエネルギーを他の目標に向けて放出してもらうことを思いつきました。それが大塚さんが今回の本の「はじめに」に書いておられる奥田からの提案に続くわけです。連載コラム「旅―経営者の目線―」です。

▼説得には苦労しました。なにせ自分を出さない人ですから。実現するまでに半年はかかりました。最初は「どうして僕が書くの?」と、木で鼻をくくるような調子です。こうしたやり取りを大塚さんとする時って、すごくエネルギーを消費するんですよ。腑に落ちるまでは、まったく聞く耳をもたない様子なのです。それがいったん腑に落ち始めると、ことを起こすのが早くて、内容は良質、そしてしつこいほどに継続するのが特徴ですね(91歳の方ですからネット原稿はお読みではないと思って、書き込んでいます)。

▼その連載コラムは114回、3年半も続きました。国内と海外のこれまでの旅を整理しながら、経営者の目線で社会風景を書き込んでもらいました。もともと書くことがお好きな方だということは知っていましたから、新しく旅を企画しては、原稿の形になります。因果関係が明確で、その結果が満足いくものであれば大いに納得する方ですから、連載を一冊の本にまとめようということになって、上梓した本が『私の旅の足あと』です。写真、文章ともにすべてご本人の手になるものです。旅が好きであること、写真が好きであること、情報の整理魔であること、文章を書くことが好きであること、からだが丈夫であることの条件を兼ね備えておられるので、その後の旅は、海外は世界一周を4回重ね、国内は各地をくまなく訪れ、それを今回まとめたのが新編『私の旅の足あと』となったわけです。いちばん古い写真は1968年、沖縄を訪れた時のもので、当時46歳。今のお年の折り返しの年になりますね。8月20日にお会いするので、旅の話で盛り上がろうと考えています。
(BCN会長・奥田喜久男)

2013年8月8日記


大塚実さんの旅の集大成が立派な本になった

本の前書きに奥田喜久男の名前が……。名誉なことです

腹を抱えて笑うことは、そんなに多くはない。大塚さんと何の話題で盛り上がったかは忘れたが、私の人生で五本の指に入る大笑いのシーン(千葉県鴨川市の大山千枚田にて)
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