現場力で不可能を可能にした

 2010年6月13日の夜、南オーストラリアの空にひときわ明るい光の筋が現れた。打ち上げから7年、60億キロメートルの飛行を続け、地球に帰ってきた小惑星探査機「はやぶさ」が燃え尽きる最後の光だった。はやぶさは小惑星「イトカワ」で採取した微粒子の入ったカプセルを切り離し、月以外の天体の固体表面から試料を持ち帰ることに世界で初めて成功した。
 

 はやぶさのプロジェクトは試練の連続だった。太陽面爆発に遭遇したことで太陽電池が劣化し、推進力が低下。姿勢制御装置は3基中2基が故障。高速データ通信の断絶。燃料の漏洩で化学エンジンが使用不可。バッテリーを使い切ったため行方不明になることすらあった。地球への帰還も絶望視されたが、技術者たちはその時々で適用できるあらゆる技術を組み合わせることで、不可能を可能にしてきた。

 本来は、淡々と任務をこなして帰ってくるのがプロジェクトの理想形である。現場の力を結集して困難を乗り越えた物語はいかにも日本人好みだが、日本の科学技術予算は米国に比べてずっと小さく、中国は2010年以降米国をも上回る予算を投入している。科学技術立国の復活を目指すのであれば、現場力に頼らない政策的な枠組みが必要だ。(螺)


由来
小惑星の微粒子を採取した探査機「はやぶさ」が地球に帰還した日を記念し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の施設がある4市2町が制定した。