生を自身の手につかむ
幼少期から「良い子」であろうとした著者は、自身を追い詰め、心をすり減らし、傷ついてきた。その傷は大人になっても癒されることはなく、むしろさらに傷口を広げてしまう。誰かの代わりに割を食い続けた結果、人生を見失っていく。本書はそんな著者が苦しみを経て再生に向けて歩き出すまでの記録である。
著者が言う良い子とは、「誰にとって」の良い子だったのだろうか。親か先生か友人か。つまるところ、自分以外の誰かから見て良い人間でしかなく、自分自身にとって良いとは言えなかったのかもしれない。ときにそういう人物は御し易い存在として軽んじられることもある。周囲のために動いたのに、なぜか蔑ろにされてしまうことは、大なり小なり、多くの人が経験しているはずだ。
良い子であり続けたとて、必ずしも幸せにはならない。それは自分の生き方における優劣の基準を他者に求めるからだ。重要なのは自己の物差しでどうありたいかを決めることだろう。もちろん、それは自分勝手に振る舞うことを意味しない。人として「善く」生きるべきだが、方位磁針を他人の手に委ねてはいけない。
言うは易いが、実践は難しい。本当に自分の手で自身の生をつかんでいるのか。誰かにとっての良い子でいやしないか。問い続けたい。(無)
『良い子でいたら幸せになれるんじゃなかったのかよ』
白瀬世奈 著
百万年書房 刊 1760円(税込)