2025年4月に発足した三菱電機デジタルイノベーションは、三菱電機グループのIT子会社3社と本体のIT部門を集約した会社となる。狙いは単なる組織統合ではない。三菱電機グループ全体のDXを推進する実行部隊として、AIやデータ活用を軸に事業変革を加速させることにある。武田聡社長は、人材と技術の融合を進めながら、AI活用の拡大や工数依存型ビジネスからの脱却を図り、グローバルでも存在感を発揮できるデジタル企業を目指している。
(取材・文/藤岡 堯、山本浩資 撮影/大星直輝)
デジタル人材5500人を結集
――新会社設立の狙いを教えてください。
これまで三菱電機のIT子会社は三つあり、それぞれ一定の事業を展開していましたが、各社ともサイズ的にはそれほど大きくありませんでした。人材を集めるという意味でも、一つにしたほうがいいだろうと、三菱電機本体のIT部門も含めて統合しました。デジタル人材を一つに集めたかったというのが一番大きな理由で、現在の社員は約5500人です。
背景には、三菱電機としてDXやAI活用をより強力に推進していかなければならないという考えがあります。三菱電機グループ全体では従業員が15万人。その変革を支える実行部隊は、ある程度の規模と力を持っていなければなりません。そのためにIT子会社だけでなく、本体のIT関連部門も統合し、強化を図りました。
単に人を集めただけではありません。個別の会社で事業を行っていると、どうしても重複も出てきますし、それぞれのスケールも小さくなります。統合して規模を大きくすることで、人材面でも集まりやすくなりますし、それぞれの活動を束ねて、もっと大きなインパクトを生み出せるようにしていきたいと考えました。
――発足から1年が経過しました。手応えはいかがですか。
組織そのものは26年4月に大きく再編し、一つの会社としてあるべき姿に近づけました。残っているのは待遇面の統合ですが、こちらも27年4月には一本化できる見込みです。
ただ、制度やシステムはまとめられても、人間のマインドセットはなかなか簡単にはまとまりません。そこが一番時間のかかるところです。実際、これまで接点のなかった社員も多く、オフィスも別々でしたから、お互いに「話したことがない」という人もたくさんいました。拠点統合を進めていて、まずは一つの会社の仲間として一緒に働ける環境を整備しているところです。
25年は全国で30回ほどタウンホールミーティングを実施しました。話をしているとだんだん融合してきていることは感じます。ただ、5500人の組織ですから、考え方が浸透するには時間がかかります。今までのやり方を変えるのは簡単ではありませんが、前向きに進めていきたいと考えています。
データ整備が一丁目一番地
――三菱電機が循環型デジタル・エンジニアリングやデジタル基盤「Serendie」を推進する中で、三菱電機デジタルイノベーションが果たす役割は何でしょうか。
まず何を進めるのにも必要なのはデータです。しかもAI-Ready化されたデータを整備していくのが、一丁目一番地です。ところが製造業全体を見ても、そこまでできている企業はまだ多くありません。それを推進する母体が三菱電機デジタルイノベーションです。さらに「AIを使ってこういうことができますよ」と具体的に提案し、実行まで持っていく役割も重要になります。三菱電機は非常に大きな企業ですので、統合した規模の体制でなければ、スピード感を持って対応するのは厳しいでしょう。
三菱電機は、ハードウェアやものづくりが中心の会社です。以前はデジタル化と言われても、「どうやればいいのか分からない」という人も多かったと思います。そうした人たちに寄り添い、一緒にやっていくメンバーがいないと現実的には動きません。われわれは単なる提案ではなく、現場に入って一緒に進める実行部隊だと考えています。
興味深いのは、この1年ほどで理解度がかなり高まったことです。AIがここまで進化してきて、仕事のやり方が変わることを誰もが実感し始めました。以前よりも循環型デジタル・エンジニアリングの考え方が浸透してきたと感じています。
――AIについてはどのような取り組みを進めていきますか。
AIには二つの切り口があると思っています。まずは、自分たちのソリューションにAIを組み込み、お客様に付加価値を感じていただくことを加速したい。もう一つは、自分たちの仕事の仕方そのものをAIで変えることです。
これまでのITインテグレーション業界は、工数商売でした。しかし、そこからは抜け出していかなければならないと思っています。AIやAIエージェントを活用して自動化を進めれば、お客様にもその効果を還元できますし、われわれもその価値をいただける。そうなると、売り上げは下がるかもしれません。でもそれは仕方がないことだと思います。利益率は改善するでしょうし、業界全体としては避けて通れない流れではないでしょうか。
ただし、重要なのは品質と信頼性です。AI駆動開発であっても、しっかり品質を担保できる企業だけが生き残ると思います。われわれもそうした仕組みを整えながら提供していきたい。将来的には、人はもっとお客様の現場に入り、お客様と一緒に悩みながら、大きな設計図を描く側に移っていくでしょう。バックヤードの開発はAIが担う。そういうかたちに変わっていくのではないかと思います。社内でも10件ほどのAI駆動開発トライアルプロジェクトを進めています。
製造業の知見を外販へ
――今後の事業展開と成長戦略について聞かせてください。
現在の売り上げは三菱電機向けが半分よりやや多い状況です。短期的には三菱電機グループ内のDX需要が増えていくと思いますが、中長期的には外販比率を高めたいと考えています。
統合によってサービスの幅も広がりました。これまでは個別のソリューションを提供することが多かったのですが、これからはお客様の課題そのものに入り込み、“面”でお付き合いするかたちを目指します。製造業のお客様向けには、もっと取り組まなければなりません。三菱電機で培ったノウハウをお客様に提供することが本来の強みだと思っています。
OTセキュリティーの注目度も高まっているものの、現実的には予算化が難しいケースも多い。セキュリティーリスクが高まる中、導入を進めたくても、なかなか予算がつかないというのがお客様の悩みだと感じます。工場にあるアセットの棚卸しから始め、ネットワークの構成を把握した上で進めなければならず、さまざまなパートナーと連携しながら進めていきたいです。
社内的には、もっとチャレンジできる会社にしたいですね。いまはまだ「中途半端に三菱電機っぽい」ところがあります。古き良き伝統的な仕組みを引き継いでいる部分があり、新しい技術への挑戦やリスクを取る姿勢がまだ十分ではないという意味です。「失敗したっていいじゃないか」と社員には話しています。決められたことを真面目にこなすだけではなく、新しい技術や海外事業にもどんどん挑戦してほしいです。
デジタル分野は変化の速さが大きな特徴だと感じています。AIもセキュリティーも、1年前とは全く違う世界になっています。だからこそ日本の中だけを見ていてはいけない。海外のパートナーとも常に連携し、最新技術を持ち続けなければなりません。
そして、グローバルでもある程度存在感を示せる会社にならないといけない。そのためには三菱電機の製造業としての強みを生かしながら、われわれが付加価値を生み、海外のお客様にも使っていただくようなかたちをつくる必要があると思っています。縮小均衡に陥るのではなく、変化の激しい時代を楽しみながら成長に持っていきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「中途半端に三菱電機っぽい」。その言葉から、カルチャーを変えたいとの思いがにじみ出ていた。武田社長はFA(ファクトリーオートメーション)事業を中心にキャリアを重ね、製造業の現場を長く歩んできた。いわば“生粋の三菱電機人”である。だからこそ、デジタル企業として新たな挑戦が必要だと感じているのだろう。
三菱電機は100年を超える歴史の中で、堅実で実直な社風を強みに成長してきた。一方で武田社長は三菱電機デジタルイノベーションについて、「われわれがデジタル技術で三菱電機をけん引しなきゃいけないのに、一番保守的でどうするんだ」と危機感を口にする。これまで本社オフィスは、三菱電機と同じ東京・丸の内のビルに入っていたが、8月に東京・三田に移転した。こんなところからも、挑戦は始まっているのかもしれない。
プロフィール
武田 聡
(たけだ さとし)
1989年、三菱電機入社。FAシステム業務部長を経て、2022年に常務執行役、インダストリー・モビリティビジネスエリアオーナー(FAシステム事業担当)に就任。23年から取締役、常務執行役CSO・CDOを務め、25年4月に専務執行役CDO・CIO・デジタルイノベーション事業本部長に就くとともに、三菱電機デジタルイノベーション代表取締役 取締役社長に就任。
会社紹介
【三菱電機デジタルイノベーション】三菱電機のITソリューションビジネス・業務改革推進本部を分社化した上で、システム子会社の三菱電機インフォメーションシステムズ(MDIS)、三菱電機インフォメーションネットワーク(MIND)、三菱電機ITソリューションズ(MDSOL)との統合により、2025年4月に設立。「循環型デジタル・エンジニアリング企業」への変革を掲げる三菱電機のDX実行部隊として、内外の事業変革を担う。