円高も輸出型企業に追いうち

　大手証券会社幹部は、頭を抱える――。「バブル崩壊から2年。不祥事が相次いで表面化し、投資家は株式市場から完全に逃げ腰になってしまった。信頼を取り戻すには、かなりの時間が必要ではないか」。日本の話ではない。米国のことだ。日本の証券市場は損失補てんをはじめとする一連の「証券不祥事」で投資家の信用を失った。いま、10年ほど遅れて米国も同じ道を歩みつつある。もちろん、株高を背景に好決算を謳歌した日米のIT企業は、この波乱の真っただ中にいる。

●「不信の連鎖」続く、すべてはエンロンから

　すべては昨年11月、米エネルギー大手、エンロンが高度の金融技術を駆使して帳簿を操作、巨額の「損失隠し」が発覚したことから始まった。

　この一件で企業会計のみならず、証券アナリスト、格付け会社、監査法人など、市場参加者の権威も例外なく地に墜ちた。

　エンロンは昨年12月に破綻したが、その後も米ゼロックスが5年間で64億ドル（約7360億円）の収入を水増ししたと明らかにしたのを筆頭に、チェイニー副大統領が就任直前まで経営トップを務めていた企業にまで疑惑がささやかれる。

　「不信の連鎖」はとどまるところを知らない。

　7月21日には、かねてから米証券取引委員会が調査していた米通信大手、ワールドコムが破綻した。

　6万人の社員と、1070億ドル（約12兆3000億円）の総資産、米国内で2000万人の個人顧客を抱えたままの「史上最大」の破綻だ。もっとも、この会社の不正の「手口」は単純だった。

　昨年から今年4－6月期の5四半期にわたり、本来なら損益計算書の「営業費用」に計上すべき通信網維持費などを貸借対照表の「無形資産」としていたのだ。

　こうすれば、支出を数年にわたって分割できるため、単年度の利益が大きくなる。

　「米市場で多額の資金を動かす、ある年金基金の関係者は、『これでは、優良な企業の株も買えない。運用先を変えることにする』とこぼしていた」（機関投資家）。

　機関投資家だけでなく、個人の株離れも加速している。

　ある米調査会社によれば、個人投資家による株式投資信託の資金が、この6月、テロがあった昨年9月以来初めて200億ドル（約2兆3000億円）を上回る流出超過となった。

　こうなると、米国株の値下がりに歯止めはきかない。

　IT企業が多い米店頭市場ナスダックの下げにひきずられ、今年3月に年初来高値1万635ドルをつけたニューヨーク株式市場のダウ工業株平均が、7月19日には一時、テロ以降の最安値を記録し、7702.34ドルにまで落ち込んでいる（7月23日終値）。

　この下落は、日経平均株価が7月24日、5か月ぶりに1万円を割り込んだことにつながるが、それで終わらず、日本企業をも「直撃」した。

　ソフトバンクは02年3月期決算で初めて、888億円もの連結最終赤字に転落した。投資有価証券の売却損を157億円、評価損を990億円計上したためだ。保有する株式の時価総額は、「ITバブル」絶頂期だった00年2月の約5兆3400億円から6106億円（7月24日現在）にまでしぼんだ。

　NTTでも状況は同じだ。02年3月期連結決算では、前期の4640億円の黒字から一変、8121億円の赤字に転がり落ちた。

　NTTドコモが約8128億円、NTTコミュニケーションズが約5415億円の海外投資評価損を出しているからだ。

　NTTドコモの立川敬二社長は昨秋、評価損の1社である米移動通信大手、AT＆Tワイヤレスについて、「ぜったい赤字にならない」と豪語していたが、一転、決算会見以降、「悪い局面では、今後も減損は避けられない」と、弱音を口にしている。

　それほど、米国株の下落は予想外かつ急激だったというわけだ。もっとも、今回の米国の株安は、こうした企業会計への不信だけが原因ではないところに「根の深い問題がある。もはや『複合不況』といっていい」（別の大手証券幹部）。

　その「複合」のもう1つこそ、今春から回復基調にあるとみられていた米景気の腰折れが懸念され、連動して企業業績が悪化していることだ。7月中旬に相次いだIT関連企業の決算で、明白になった。

　IBMですら4－6月期では97％の減益となって7000人の人員削減に踏み切るほか、アップルコンピュータが利益半減、ゲートウェイが赤字を広げ、インテルが実質減益、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ（AMD）が大幅減収で赤字拡大。目を覆わんばかりの惨状を呈した。

　IBMのサミュエル・パルミサーノCEOが、「IT投資の環境はこの10年でもっとも厳しい」と、泣き言を漏らすほどだが、この低迷は何も米国企業に限ったことではない。

●国内IT企業もダウン、円高も追い打ち

　「日本のIT企業は、『米景気敏感株』として今春の日本株回復のけん引役を務めていたが、米景気が悪化した今となっては、好業績が期待できない。投資家は、『株価が上がれば勢いよく売り、下がったらそっと売り』だ」

　こう外資系証券会社幹部が自嘲するように、日本を代表するIT企業銘柄、たとえばソニーの株価は5月下旬から3割、松下電器産業は同じく2割ほど、それぞれダウンしている。

　というのも、米国依存の輸出型企業である日本IT企業にとって、米景気悪化の不安に加え、円高が追いうちをかけたことによる業績の不透明さが不安視されるからだ。

　電機大手が前期、枕を並べて赤字に沈むなかで独り円安に救われて黒字を確保したソニーは、北米の売上高が全体の3分の1を占め、ドルに対し1円の円高になると80億円の減収につながるともいわれる。

　そんななか、各社とも市場の意向を無視してはいられない。NECの西垣浩司社長は、かつて「稼ぎ頭」の1つだった半導体事業を「巨額の半導体投資を負担する体力がない」として別会社化を決めたあげく、「安定投資を望む投資家はNEC株を、ハイリスク・ハイリターンを求めるにはNEC半導体株を」と言うほどだ。

　株価は半年先の企業業績を占うとされるが、日本のIT企業の株価はいつ、上昇に転じるのだろうか。