学校の枠を越えて共通の学習テーマについて研究する茨城県つくば市教育委員会の「学校間共同学習プロジェクト」が、2003年度の「第4回インターネット活用教育実践コンクール」(文部科学省など主催)の最高位である内閣総理大臣賞に輝いた。同市内の全小中学校53校がネットワークで結ばれたグループウェア上で、学習内容について意見交換するこの取り組みは、「学習の方法を根底から変える」(文部科学省)と評価が高く、近い将来のIT機器を利用した学習の在り方の“スタンダード”になるとして期待が大きい。同プロジェクトをリポートし、将来を展望してみる。(谷畑良胤)
グループウェアが子供の学び広げる
■「花室川プロジェクト」 「隣の学校が、変わった魚を発見したらしいぞ!」。つくば市内を縦断する1級河川の花室川流域に位置する小中学校6校が、各校で実施した水質調査や水生生物の調査結果を共有グループウェアの電子掲示板に随時掲示──。これは、電子掲示板の書き込みなどをもとに、各校で学習内容を深めていき、3月に学習成果としてまとめる「花室川プロジェクト」と呼ばれる実践だ。同市内では03年度、こうした学校間の「共同学習プロジェクト」のテーマが42種類も立ち上がっていた。
つくば市教育委員会は00年度までに、市内53校の全小中学校間に10メガバイトの光ファイバーを敷き、シャープシステムプロダクトが開発した教育用グループウェア「スタディノート」を全校で使えるネットワーク環境を整えた。市内の学校に通う子供(約1万8000人)と先生(約1000人)の全員にグループウェアへアクセスするウェブアカウントとメールアドレスが配布され、グループウェア内で自由に意見交換や情報発信ができる。01年度からは、市内の一部で実施していた共同学習を全校に拡大している。
毎年4月には、各学校の子供のグループから1年間の研究課題となる「学習テーマ」をあげてもらう。それを市教育委員会が精査して、「共同学習プロジェクト」の一覧表を発表。そのテーマのなかから、取り組みたい研究課題に各校の子供が自主的に参画する。
03年度のプロジェクトは、プールヤゴ調査やタンポポ調査、ホタルの飼育、米づくり、炭焼きなど自然環境に関するものから、町探検、つくばエクスプレスなど、地域の文化や歴史に関するものまで多岐にわたる。
子供は各テーマに基づき、総合学習や各教科などの時間を利用して独自に調査をする。先の「花室川プロジェクト」では、無線LAN付きノートパソコンを使いデジタルカメラやPDA(携帯情報端末)で撮影した魚や水草などの写真や情報を、観察場所から随時グループウェア上に発信した。発信された情報に対しては、プロジェクトに参画する他の学校の子供や先生から質問や助言が日々送られてくる。
市教育委員会の毛利靖・指導主事は、「今回の花室川プロジェクトでは、下流よりも上流の方が汚れている不思議な川であることが判った。ヤゴの調査では、飼育方法を小学生が先生に教える場面もあり、学びの逆転現象が起きた」と、子供の新たな発見や関心の高さに驚く。
■ITを使って他校と連携 市教育委員会は03年4月、共同学習をバックアップするため、先生が担当する教科や専門性、趣味などを記した人材バンク「つくばオールスクール」を立ち上げ、その先生の学校以外の子供の質問にも、随時メールなどで応じてきた。また、今年1月、市内全学校が同時に通話できる「テレビ会議システム」を開通させた。
今年3月には、テレビ会議を利用し、共同学習プロジェクトの学習成果を同一プロジェクトに携わった子供同士で発表したほか、1年間日々繰り広げられた電子掲示板でのやり取りをホームページに変換して公開している。
毛利指導主事は、「インターネットを学級のなかで使うだけでは、閉じられた学習に陥ってしまう。体験したことを電子掲示板に書き込んだり、アドバイスを送ったりするなど、瞬時に市内全小中学校にデータが届くことで、学習のスピードも上がった。IT機器は他校の子供や先生との関わりを深め、子供の興味・関心を高めることにつながった」と振り返る。
スタディノートは、共同学習プロジェクトだけでなく、各校の普段の学習でも利用されている。卒業を迎えるつくば市立並木小学校(児童約500人)の6学年4クラスは、スタディノートなどIT機器を利用し、1年間を通じ総合学習で「卒業大研究-『夢』かなえよう」をテーマに自主研究に取り組んだ。福祉の街や古代のくらし、生物の進化、環境に役立つ自動車研究──などの学習テーマを掲げ、6年間の集大成として市内各地の探索や文献を調べるなどして、卒業論文をまとめた。
この学習では、フロッピーディスクとCD-Rで画像を保存できるソニー製デジタルカメラ「マビカ」や、市教育委員会が貸し出しているシャープ製PDA「ザウルス」10台などの情報機器が大活躍。児童はそれを校外に持ち出し、調査内容や画像をその場でスタディノート内の同校専用電子掲示板に書き込んでいく。他の場所で同一の研究をする児童は、その掲示板を見ながら、瞬時に別の角度から調査場所を再検討する。学校に戻ると、日本スマートテクノロジーの電子黒板「スマートボード」で、収集した資料をもとに話し合い、最終的に卒業論文が完成していった。
■IT機器を積極的に活用 並木小学校は、他の教科でも「かかわり合い」をテーマにIT機器を積極的に活用している。同校で6年を担任する野村光弘教諭は、「学習のあらゆる過程で、グループ内の別の児童から意見を聞いたり、インターネット上やグループウェア上でさまざまな人と出会い、情報交換が活発化した。そのかかわり合いのなかで、自分の課題を深めることができていた」と、子供自身がネットワークやIT機器を上手く利用して学習する素地ができたと喜ぶ。
並木小学校には、児童約500人に対し、コンピュータ室と廊下のワークスペース、図書館などに散在するパソコンが110台のほか、デジタルカメラ23台、移動式のスマートボード3台、プロジェクタ3台など、校内LANのネットワークに接続されたIT機器が、他の学校にとって羨ましいほど充実している。
「体育の跳び箱や国語の音読シーンなどを画像で保存し、映像をもとに他の子供から評価してもらうなど、使い勝手がよく機動性のあるモバイル機器はまだまだ足りない」(野村教諭)と、ノートパソコンやタブレットパソコン、周辺機器では無線LAN機器などを今後も充実させていくという。
■IT利用が学力差を解消 4町1村が合併(03年には茎崎町も合併)してつくば市が誕生した1987年当時、筑波山麓と筑波学園都市にある学校の子供には明確な学力差があった。茨城県が指導担当の行政官を多く派遣し、学力差解消に努めたほどだ。しかし、現在では「今年3月のテレビ会議を利用した市内プレゼンコンテストでは、筑波山麓の学校が上位を占めた。当時あった学力差は完全になくなった」(毛利指導主事)と、IT機器の実践が学力差をも埋めたという。
つくば市内の小中学校のIT機器を利用した学習は、全国的に見るとかなり先進的だ。教科書中心だった数年前の学習方法とは隔世の感があるが、学力を高めたこの実践に対する注目度は大きい。文部科学省は、国を挙げた「e- Japan戦略」が始まっているにもかかわらず、依然として学校にIT機器を投入するための予算増に消極的と言われる。つくば市のような実践が、国を揺り動かすことになることを期待したい。