日本企業、冷静さと裏腹に対応検討

　中国が、人民元の対ドル切り上げを実施して、2週間あまりが経過した。市場介入が噂されるほど、切り上げ後の為替レートの変動は小さく、もともと小幅の切り上げだったこともあり、日本企業で影響を懸念する向きは少ない。しかし、固定相場を脱した以上、市場の影響は免れない。日本企業も、言葉とは裏腹に、対応に動き出しているのは間違いない。

　「中国経済の国際化のステップ」、「急激な調整は考えにくく、影響は軽微」──。

　人民元の切り上げ後、日本の企業経営者からは、概ね歓迎の声が聞かれた。人民元が強くなれば、中国国内の購買力は高まり、対中輸出型企業だけでなく、中国市場も念頭に中国生産を拡大させている企業にもメリットがある。もちろん、中国から製品を輸出している企業にとっては、輸出競争力の低下というデメリットも出るが、多くはメリット・デメリットの両方を抱えているため、当面は様子見というところ。だが、動きは出始めている。

　松下電器産業の川上徹也専務は、2006年3月期第1四半期（05年4─6月期）の決算発表の席で、「電子デバイスの需要は全世界的に良くないが、特に中国が悪い。昨年は良かったが、今年は日本や台湾系メーカーにASEAN回帰が見られる」と語った。4─6月期の業績であり、直接は結びつかないが、人民元切り上げを睨んだ対応がすでに始まっていた傍証でもある。当の松下電器でさえ「2眼レフ的に見ており、為替レートが上がれば、輸出向け製品は償却の済んでいるASEANの拠点の活用も考える。これは他社も同じ」と見ている。

　中国での委託生産比率が高い情報機器関連製品メーカーも「どの程度の為替水準になれば影響が出るかを調査する。台湾系資本の企業に対してなら、第3国の工場を使うことも考える必要がある。だが、敏感な問題なので、今は過剰反応を慎みながら、波風が立たないようにしたいというのが本音」と漏らす。

　NECなどは、ハード部門からは中国国内市場の拡大を歓迎。一方で、ソフトのオフショア開発などについては「内容を精査して委託先を減らしている段階。取り引きはドル建てで影響は小さいが、長期契約で為替変動リスクを回避」することも必要になってくる。

　さらに、ソフト開発のSRAの場合、「04年に設置した中国合弁へは、今年度160人月のオフショア開発を発注する計画。2％の切り上げでは影響ないが、10％を超えるようなことがあれば、対応を考えねば」としている。

　ドル建て決済でリスクヘッジを行ってきた企業は多いが、ドル建てによって実質賃金が目減りする分の補てんを求める動きがすでに中国国内の一部で出てきており、安閑としてはいられない。

　さらに、開発コスト削減の必要から、プログラミングなどの生産過程を中国に委託している地方のIT事業者も多い。大手ベンダーの地域子会社などでは、インドやベトナム企業との接触を始めているところもあるが、ようやく中国で信頼できるパートナーを確保したというところも少なくない。

　「地方の企業に海外パートナーのハンドリングは無理。リスク分散できる規模でもなく、いずれ通貨の切り上げが予想された中国とは違う国に初めから手を着けておくべきだったのでは」との声も聞かれる。

　表面的には落ち着いているようだが、人民元切り上げの影響は小さくないようだ。 山本雅則（大阪駐在）●取材／文