電子自治体構築に邁進する韓国・江南区

IT化の取り組みに見る日韓の違い

　日本では、「2005年度末までに最先端IT国家の実現」をうたったe－Japan戦略に沿って、電子自治体の構築が進められている。佐賀市は基幹システムをそれまでのNEC製メインフレームからクライアント／サーバー（C／S）システムに入れ替え、今年度から業務を開始した。現在は、10月1日に予定されている周辺3町1村との合併を控え、データの統合作業が続けられている。その佐賀市が手本としたのが、韓国・ソウル特別市の江南区。電子自治体構築では“一日の長”があり、日本の自治体関係者も多数視察に訪れているという。佐賀市と江南区で、電子自治体構築に対する日韓の違いを見た。（川井直樹（本紙副編集長）●取材／文）

■韓国・サムスンSDSがシステム構築、開発のピーク時はSE150人が来日

　佐賀市の基幹システムが注目されている理由は、韓国最大のシステムインテグレータ（SI）であるサムスンSDSがシステム構築を請け負ったという事実だろう。実績がモノを言う自治体ビジネスの中で、日本の自治体でのシステム構築経験がゼロのサムスンSDSが受注したことが非常に注目された。

　しかし、佐賀市の担当者に話を聞くと、それほど特別なこと、という意識は感じられない。佐賀市が要件定義書（RFP）を公開したのが2003年10月。RFPのポイントは、(1)現行業務を網羅していること、(2)具体的スケジュールが確立されていること、(3)アプリケーションプログラムを公開できること、(4)ハードウェア構成を併せて提案できること、(5)UNIX、オラクル9iが採用されていること、(6)J2EEに準拠していること──の6つだ。

　「この内容に沿って提案してきたのはサムスンSDSだけだった」（真崎武浩・佐賀市総務部情報政策課副課長兼IT推進係長）。パッケージを活用し、安く、短期間でシステム構築する提案もあったが、「プログラムを公開する」という点がどの提案もクリアできなかったという。

　この「プログラムの公開」は、「今後の新システムはできる限り、地元企業に発注したい」（同）という目的を実現するためにはどうしても必要だった。ソースコードが公開されていれば、今後のシステム開発が地元企業でも可能になる。保守・運用も1社に依存する必要がなくなる、というメリットがある。

　しかし、この基幹システムのC／S移行は容易ではなかった。ハードウェア入札での停滞や、昨年8月に実施したプログラムテストが全くうまく行かないなど問題が噴出した。サムスンSDSは当初、「ビルド1」、「ビルド2」と2回分の開発を行う方法を選択した。「8月に訪韓して判ったが、そのビルド1の内容があまりにお粗末だった。あと半年もない8月という時期なので、こちらも焦った」（同）。そこで佐賀市は、サムスンSDSの開発担当者を増やし、なおかつ佐賀市内に常駐して開発作業を急ぐことを要請。サムスンSDSもそれに応え、佐賀駅前の貸しビルに入居し開発体制を整えた。

　「ピーク時で約150人の開発者がいた」（同）が、その中にはサムスンSDSのエース級のシステムエンジニア（SE）もいた。開発体制が拡大した頃から、佐賀市の情報政策課の職員とサムスンSDSのSEとの間のコミュニケーションもスムーズになったという。

　結局、当初は今年1月4日に予定されていたシステムオープンは4回の延期を経て3月22日に稼動し、新年度のスタートには間に合った。このシステム開発プロジェクトの発注額は8億7000万円。ピーク時で150人ものSEを投入し、しかも佐賀市にビルを借りて開発をスピードアップするなど、想定外のコストが発生したため大幅な赤字プロジェクトとなった模様だ。

　サムスンSDSと佐賀市の契約は来年3月末まで。今は10月1日の合併に備えたデータ統合作業が進められている。

■ネットやキオスク端末を利用、ITで各種申請業務や税金納付

　佐賀市が基幹システムのC／S導入に踏み切った背景には、木下敏之市長が先進的な電子自治体構築を進めていたソウル特別市江南区を訪問し、その先進性に感心したことが発端と言われている。

　江南区のムン・キョンス・電算情報課課長は、「確かに日本の首長や地方議会議員、情報システム担当者などの視察が増えている」と笑いながら語る。7月1日からは千葉県市川市の情報政策課職員が半年の予定で研修に訪れている。これは江南区と市川市の相互交流協定によるもので、電子自治体構築に熱心な市川市から情報政策課の担当者が派遣されたわけだ。

　これまでに、インターネットやキオスク端末を使った各種申請業務や税金納付などを実現してきた江南区。江南区全体の税収は年間1兆3000億ウォン（約1300億円）だが、「そのうち2000億ウォンは電子申請による」（ムン・キョンス課長）という。この金額は「他の24区全体の電子納税の合計より多い」と、区民の利用が進んでいると胸を張る。例えば、住民票など証明書類の交付の50％以上は、インターネット経由や街中のキオスク端末などを使っての電子申請・交付であり、自動車の登録も1日200－300件がインターネット経由で行われている。

　日本での電子申請などが普及しない理由の1つとして、住民のITスキルの低さが問題になっている。これに対して、「江南区でも違いはない。高齢者などITスキルの低い区民はいる。そのため江南区でIT講習会を実施し、パソコンの使い方などを教えてきた」（同）のだという。講習を受ける住民の数は年間37万人にも上る。こうした行政のケアがあって、IT利用率向上が可能になった。

　電子化により住民サービスを向上させている江南区だが、職員の業務改革のためのIT化も着実に進めている。今年10月末までには本格稼動させるPDA（携帯情報端末）を使った衛生関係および建設担当部署の業務改革もその1つだ。ムン・キョンス課長によれば、「これらセクションの職員にPDAを配布し、出先で庁内のシステムにアクセスできるようにする。衛生担当セクションでは飲食店などを1日に何10軒も検査するが、その店の営業許可やきちんと納税しているかといった情報をその場で見ることができるようにする」考えだ。

　佐賀市の場合、システム構築はサムスンSDSが担当し、保守・運用は地元の佐賀電算センターが担当している。江南区の場合も同様。情報システムの運用・保守など積極的にアウトソーシングしているという。それにより、「01年頃に年間80億ウォンほどかかっていた運用コストは、今年は65億ウォン程度に減る」と確実にコストダウンにつなげている。

　ムン・キョンス課長は、江南区で電子自治体構築が進んだ理由の1つに、「新しい技術が出てきたら、それを積極的に導入しようという機運があった。手続きの電子化では、中央政府も規制緩和などで対応した」と話す。「日本は、無線タグやユビキタス・センシングの技術開発が進んでいる。それを応用できないか、年内には視察に行きたい」とさらに新しい仕組みを導入することに意欲的だ。