SaaSがIT化を促進するか

成功のカギ握る2つの要素　アプリ確保と普及費用の使い道が焦点

　経済産業省のSaaSによる中小企業のIT化構想が本格的に動き出した。社員数20人以下の企業の財務会計業務をSaaSでIT化させるプロジェクトで、経産省が最大18億円をかけてIT基盤を構築する。このインフラを財務会計ソフトメーカーに活用してもらい、各社のソフトをSaaS化、中小企業に利用してもらう算段だ。3月18日、経産省はソフトメーカーの公募を開始、来年度内のサービスインを目指す。50万社の利用企業獲得という挑戦的な目標達成のカギを探った。（木村剛士●取材／文）

■50万社利用を目標に「e-Tax」との連携も

　財務会計や給与計算・社会保険申請などの基幹業務用アプリケーションについてインターネットを通じて提供し、IT化を促進させるのが新プロジェクトの目的だ。中小企業のIT化が他の先進諸国に比べて遅れている現状を問題視する経産省は、「IT経営応援隊」など、これまでいくつものIT化支援策を講じてきた。

　しかし、それらは大きな成果をあげたとは言い難いのが実状だ。そんななか、次の施策として同省が着眼したのがSaaSだった。ソフトのインストールや新たな機器設置が不要で、ブラウザさえあれば利用できるSaaSのサービスモデルは、中小企業に最適と判断。巨額の資金を投じて一気にIT化を加速させようと、新プロジェクト始動に至ったわけだ。

　目標利用企業数は50万社。日本の中小企業のうち、今回のプロジェクトのメインターゲットになる小規模事業所は全国に約370万社存在する。目標値のハードルは高い。達成に向けて経産省は、SaaS基盤開発で18億円を投じる計画。また、基盤上で動くサービスを企業に勧める体制では、東京商工会／商工会議所、各地域のIT推進団体などに協力を要請する。普及・推進活動には50－60億円もの大金を注ぎ込む。将来的には、このサービスを使う企業の財務・経営データを一元管理する新システムを別に構築し、金融機関などが有効活用できるようにする。国税電子申告・納税システム「e－Tax」と連携させる構想もあり、描く青写真は壮大だ。実現すれば中小企業のIT化は間違いなく進展する。

　3月18日、経産省はこの基盤上で動かすためのアプリケーションを持つソフトメーカーの公募を開始。4月1日に締め切り、審査を開始した。計画では来年度内にサービス開始したい意向だ。ハードやソフト、アプリ移行費用などは基本的に経産省が負担し、課金システムは基盤上に組み込むのでベンダーの金銭的負担はほぼ無料。ソフトメーカーは自社パッケージソフトを国費を使ってSaaS化でき、販促も国が手伝ってくれるという「おいしい」仕組みだ。

■中小企業にIT化のメリット示せるか　メジャーアプリの確保も必要

　ではこの施策、成功のカギは何だろうか？主に2つの要素が考えられる。1つは基盤上で動く財務会計ソフトがいくつ集まるか。基盤を構築してもその上で動作するメジャーなアプリケーションがなければ利用価値がない。

　財務会計ソフトメーカーは、確かに自社ソフトを国の力を借りてSaaS化できる。しかし、まずネックになるのが利用料金だ。料金設定はメーカーの自由裁量だが、「IT投資額が少ない中小企業に利用してもらうのが目的だから、高ければ当然普及しない。月額3000－5000円で落ち着くだろう」と経産省の安田篤・商務情報政策局情報処理振興課課長補佐はみる。見えない価格の縛りがありそうだ。もし安田課長補佐の言う通りであれば、ユーザー企業はSaaS型サービスを単独導入する場合に比べて大幅に安く導入できる。一方、すでにSaaSサービスを始めているメーカーや自社単独で展開しようと計画しているメーカーもある。彼らはオリジナルサービスが売れなくなるのを懸念し、参加しないケースが考えられる。

　また、そもそもSaaS型サービスとパッケージソフトの販売で、どちらがより大きく利益を稼げるのかを天秤にかけるメーカーもあるだろう。大半のソフトメーカーは販社経由による間接販売を行っているので、このプロジェクトに参加すれば販社のビジネスを奪う可能性もある。そうしたパートナーに配慮しなければならない難しさも潜んでいる。

　既存のパッケージビジネスを脅かす存在としてSaaSを捉えるか、それとも従業員20人以下という開拓困難な市場に打って出る策として、このプロジェクトに乗るか。安田課長補佐は「10－20個は集まるだろう」と予測するが、果たして実数はどうなるか。公募期間の2週間でソフトメーカーがどう動いたかが最初の試金石となる。

　そして、もう1つが普及促進活動。SaaSであろうとパッケージであろうと、財務会計業務をIT化するメリットを感じてもらえる取り組みができるか。そもそもこの問題を解決できずにいるから、中小企業のIT化は進んでいないのだ。安田課長補佐も「システムの技術的な問題よりも普及促進がもっとも重要」と胸の内を明かす。約350社の中小企業を顧客に持つ梅田公認会計士事務所の梅田泰宏氏もこの課題を指摘する。「税制優遇措置など、経営者に対して分かりやすいメリットを示す必要があるだろう。単純にSaaSだからといわれても中小企業はピンとこない」と話す。普及促進活動費用50－60億円の使い道が大きな要素になるわけだ。

　成功のカギを握る上記2つの要素。クリアした時に50万社の顧客獲得という挑戦的なゴールが見えてくる。