SIerやメーカーはISVとの協業進める

自社DCのフル活用で差別化

　SIerやコンピュータメーカーは、SaaS事業の本格化に向けてサービスプラットフォームの自社開発を進める。各社とも、表立って「PaaS」とは銘打っていないものの、自社でデータセンター（DC）を用意し、PaaSベンダーと同様、ISVとのパートナーシップをベースに事業拡大を狙う。基盤構築に向けた開発は、独自で取り組むケースやPaaSベンダーの要素技術の採用などさまざま。自社プラットフォーム上でISVと協業する点ではPaaSベンダーと共通している。（本紙SaaS特別取材班●取材／文）

■技術や運用ノウハウ生かすSIer　ISVアプリの取り込みが進む

　DC設備を持つ大手SIerがPaaS基盤の構築に乗り出している。アウトソーシングビジネスを積極的に展開してきたSIerのなかには、自社で大規模なDCを持つケースが少なくない。既存設備を増強し、これまで蓄積してきた技術や運用ノウハウをPaaS構築に生かす。

　富士ソフトは、自社のDCを活用したSaaSビジネスを今年10月から本格的にスタートする。最新鋭のDC設備を実装した東京・秋葉原ビルをプラットフォームとして活用。自社のアプリケーションソフトで足りない部分は、ISV製品を積極的に採り入れる。自社プラットフォーム上で複数アプリを柔軟に組み合わせる手法は、まさにPaaSの考え方に当てはまる。

　SaaSについては、セールスフォース・ドットコムやネットスイートなど外国勢がリードしているのが実情。それでも今回、富士ソフトが勝算を見いだしたのは、プラットフォームに優位性があると踏んだからだ。顧客企業は、自社の重要なデータは手近なところに置きたいという要望を根強くもっている。物理的な距離には関係ないインターネット時代においても、都心に多くのDCがつくられるのは、こうした顧客ニーズを反映したものだ。

　米国など海外に主要DC設備がある外資系SaaSベンダーに対して、富士ソフトがSaaS基盤と位置づけるDCは交通至便の秋葉原にある。高集積のブレードサーバーに標準対応したDCとしては、JR山手線内で最大規模を誇る。同社の堀田一芙副会長は、「この設備をフル活用する」と、地の利を生かした展開を進める。

　具体的には、富士ソフトが構築した基盤上にネオジャパンのグループウェア、インフォテリア・オンラインの表計算、ブイキューブのウェブ会議などを採用する予定。ほかにも、文書管理、勤怠管理や経費精算などの機能も揃える。自社の基盤を活用したものではないが、SaaSと連携したサービスラインアップの1つとして、Googleの電子メールや情報共有などのアプリケーションソフトも、国内大手SIerとして初めて有料で販売する。

　すべてのSaaSメニューは1回のログインで利用できるシングルサインオン機能を備えており、顧客から見れば富士ソフトによる一体的なサービスに見える仕組みだ。

　こうした動きは他の大手SIerでも活発化している。DC事業を得意とする日立情報システムズは、業界に先駆けてSaaSと共通項が多い「プール化構想」を打ち出す。具体化に向けて着々と準備を進める。伊藤忠テクノソリューションズ（CTC）も1000ラック規模の最新鋭大型DCを都心に建設中で、今年10月に稼働させる。

　SIerがシステム負荷の予測が難しい複雑なPaaSを構築できるようになったのは、ブレードサーバーや仮想化ソフトなどの技術革新がプラスに働く。ブレードを収容できる比較的新しいDC設備さえあれば、従来より大幅に安価で高性能な基盤づくりが可能になる。DCの“地の利”を生かしたSIerのSaaSやPaaSビジネスが本格的に始動する。

■メーカーはサービスが酷似　“静観”の不気味な存在も

　国産コンピュータメーカーは、PaaSと似通った概念をもとにビジネス展開しようとしている。富士通とNECが代表例だ。名称に多少の違いはあるが、「SaaSプラットフォームサービス」という形で、SaaS実行基盤の提供をビジネスに結び付けようと目論む。

　両社は2008年前半、ほぼ同時期にSaaSプラットフォーム関連の事業強化を発表し、サービスメニューを揃えた。その内容は酷似する。SaaS型サービスを提供するうえでのインフラ提供やアプリケーションをSaaS化するための技術支援、課金・決済など付加機能の提供などをメニュー化した（図参照）。富士通は、ほぼすべてのサービスを開始し、NECは9月から本格的に売り出す計画だ。売上目標は、富士通は3年間で1300億円で、NECが10年度（11年3月期）までに1200億円。ビジネス目標も似ている。

　コンピュータメーカーには、ハードとソフト、データセンターなど、SaaS型サービスを提供するうえで必要な資源が揃っている。自前でSaaSプラットフォームを構築できる技術力もあり、通信事業者やSIerよりも有利だ。

　加えて、力を発揮するのが全国に点在する販売パートナーの存在。SaaSプラットフォーム事業を活性化させるためには、自社のSaaS実行基盤で動作するアプリケーションをいかに確保するかが重要だ。しかし、それと同様に重要なのが販売力。サーバーやPC、パッケージソフトの販売で協力関係を築く販売会社の組織力は外資系や通信事業者にはみられないコンピュータメーカーの大きな強みでもある。自社、他社を問わずパッケージソフトのSaaS化でアプリケーションサービスをメニュー化、その後に実際の販売戦略を考える際、どこの販売パートナーを活用するかが今後の焦点になる。富士通は5月、すでにこの販売体制を築こうとパートナー向けに交渉を開始した。

　一方で、そんな2社の動きに対し、「SaaSプラットフォーム」事業で“静観”しているのが日立製作所。既存ソリューションのSaaS型サービスをいくつか発表しているが、富士通とNECのようなSaaS基盤を提供しようとする大きな動きはまだみられない。NECや富士通と同様に、SaaS基盤を構築するためのインフラとノウハウは持っているだけに、今の日立の態度は不気味だ。