実証実験は次段階へ突入
2次元と3次元の融合へ
富士通(野副州旦社長)が「3次元インターネット(3Di)」の有効性について検証を開始したのは、2007年4月に溯る。同年11月に米リンデン・ラボ社が運営する仮想世界サービス「Second Life(セカンドライフ)」内に「富士通島」を開設したことが話題を呼んだが、実はそれ以前に複数部署をまたぐ研究チームで検証活動が始まっていたことになる。この活動は今年4月で丸2年が経過した。これまでの成果を踏まえ「2次元と3次元が融合する」次の段階へと移す見通しだ。具体的な内容は「未知数」というが、「クラウド・サービス」などWebサービスに力点を置く同社だけに目が離せない。○富士通は仮想世界の先駆者
富士通の「仮想世界」に対する取り組みは、グローバルに捉えても先駆けている。同社のグループ会社が運営するインターネット・サービス・プロバイダ(ISP)「ニフティ」内では、まだパソコン通信時代だった15年ほど前、「ビジュアル通信」として仮想世界「富士通Habitat(ハビタット)」を始めている。
ハビタットでは、「3Di」内で動くアバター(人の分身となるキャラクター)と同じように、参加者の分身が動き、しゃべり、人と人がオンライン上で出会う空間が実現していた。トークンと呼ぶ独自通貨を持って、「手紙」や「テレポート(遠い場所への瞬間移動)」などのアイテムを自動販売機から購入することができるなど、現在のセカンドライフに近い空間が作り上げられていた。商業性は低いものの、現在までに最も成功した「仮想空間」の例として、マスコミにもたびたび取り上げられている。
ハビタットは1998年に表情アイテムを追加した改定版「HabitatⅡ」に形を変え、現在はさらに女性に優しい規約やサポート体制を充実させた「J-チャット」を提供している。
セカンドライフが日本に上陸し、世間が盛り上がった07年4月、富士通グループは早期研究のため、ネットワーク部隊(現在はクラウド・サービスなどを担当)やコーポレートのマーケティング部隊、シンクタンクの富士通総研などから成る研究チームを発足させた。当時の意気込みを他メディアの記事で確認すると、ある幹部が「インターネットにおける3次元の有効性を早い段階で検証する必要がある」と、新しいビジネス・モデル構築に期待を寄せていたことが分かる。
○メタバース内でのSIに自信
研究チームは発足と同時に、セカンドライフ内でのビジネスの可能性を模索し始める。08年11月には、理化学研究所、技術研究機関の富士通研究所、日本将棋連盟の三者で共同研究プロジェクト「将棋における脳内活動の探索研究」を開始。この研究成果をセカンドライフ内で一般の人が見られるように公開した。プロ棋士の小脳の思考活動「ひらめき」を磁気共鳴画像装置を用いて測定し、立体的なビジュアルで再現した。
このプロジェクトでセカンドライフ内のコンテンツ作成に携わった河嶋英治・クラウドサービスインテグレーション室センシングプラットフォーム企画部長は、「富士通側では3Di内で素人からプロまでが興味を抱くような『入り口』となるコンテンツを作成した」と話す。将棋ファンが楽しめるよう、コーナーでは実際の対局もできるようにして人を集め、「メタバース(3次元仮想世界)でどうしたらビジネスが展開できるか、きっかけをつかめた」(同)ようだ。
明言は避けたが、この取り組みによって、富士通が企業からの要請を受けてメタバース内に「島」などを構築する際の技術的な課題を解決できたということだろう。つまりは、メタバース内に3次元のEC(電子商取引)サイトなどの「島」をつくるSI(システム構築)事業を、いつでも開始できるノウハウを手に入れたということだ。
また昨年の今頃には、毎年千葉・幕張メッセで開催される「Interop Tokyo」に合わせて、「InterBEE」と呼ぶ富士通ブースを再現した仮想ブースをセカンドライフ内に開設した。担当したマーケティング本部ビジネス開発部の芝崎英行氏は「実際の会場に行かなくても、当社のブースを仮想体験でき、プロモーション効果は高かった」と振り返る。ただ、「クライアント側のユーザービリティなど課題は多く、これらを一つ一つ解決することが先決」(同)と、現段階ではまだ「研究」の域を越えず、具体的なビジネスに舵を切るまでには時間を要するとの見解を示す。
河嶋部長は「安定稼働のための回線やパソコンなどのインフラ整備が進み、さらに市場のマインドの高まりが加わって、初めて会社として本格的に3Diビジネスに取り組むことになる」と慎重な姿勢を崩さないが、今年度(2010年3月期)は「第二フェーズ」として「3Di」の研究を加速する考えだ。
富士通以外では、日本IBMがグループウェア「Lotus Notes」に仮想世界サービスの機能を搭載することを公表している(5月25日号で既報)。富士通が、現在のインターネットと「3Di」を融合したビジネス利用向けのアプリケーションを開発し、クラウド・サービスなどを介して提供する日も近いだろう。