マイクロソフト(樋口泰行社長)とソフトバンクBB(孫正義社長兼CEO)が、中堅・中小企業(SMB)市場の開拓で協業する。「Windows 7」や「Office 2010」などを年間利用料金制で販売するライセンスモデル「オープン・バリュー・サブスクリプション(OVS)」の販売を強化することで両社が合意し、タッグを組んだ。ソフトバンクBBのリセラーが「OVS」を率先して販売するための販促活動を共同で始める。「OVS」は、前名称から数えれば5年ほど前からあるライセンス体系だが、認知度も低く、普及していないのが実際のところ。両社ともに販売にあまり力を入れていなかったが、「OVS」を拡販する市場環境に入ったとみて、一転、攻勢をかける。
年間利用料金制のライセンス共同拡販
「OVS」はソフトの販売形式の一つで、3年間の利用期間限定ライセンスをいう。ユーザー企業は使う分のライセンスを購入し、一括または1年ごとに料金を支払う。ライセンス数は1年ごとに更新でき、もし1年目に購入したライセンスが2年目以降に不要になった場合は削減できる。ユーザー企業は、パッケージソフトやプリインストールPCを購入する場合に比べて、初期コストを抑えられる。例えば、「Office」でいえば、パッケージで購入した場合の初年度の費用は2万1100円だが、「OVS」であれば2600円(2010年9月末までのキャンペーン適用の場合)だ。
中堅・中小企業(SMB)向けのライセンス体系として発売したが、知名度不足で普及していない。マイクロソフトの菊地正和・SMBディストリビューション統括本部担当部長によれば、「『Office』の全販売本数のうち、『OVS』は10%にも満たない」という。SMBがOSやOfficeを購入する場合は、「70~80%はソフトがインストールされたプリインストールPC」(菊地担当部長)の傾向がある。
普及していない「OVS」を、両社でこの時期に拡販する理由はいくつかある。まず、「Office 2010」が今年6月に発売されて、拡販期にあること。「企業が『Windows 7』に本格移行する時期に入った」(ソフトバンクBBの本多晋弥・コマース&サービス統括CP事業推進本部マイクロソフト事業担当部長)こともある。ソフトの不正利用問題が顕在化し、ライセンス管理が重要視されていることで、複雑なライセンス管理が不要な「OVS」に商機があるのも理由の一つだ。
両社の協業内容は主に五つで、すべてソフトバンクBBのリセラーに向けた施策となっている。まず、「OV販売道場」と呼ばれるセミナーを全国展開する。またeラーニングも手がけ、セールスノウハウが詰まったハンドブックを用意し、無償提供する。さらに、「OVS」の専用問い合わせセンターを2010年9月1日に開設。ユーザー企業の問い合わせにソフトバンクBBが直接応じ、見込み案件をリセラーに紹介する。ソフトバンクBBの各営業所に、「OVS」に精通した人員を配置し、リセラーを支援する体制も整えた。一連の施策実行費用は、マイクロソフトとソフトバンクBBが共同で出資した。
マイクロソフトの菊地担当部長は「あくまで個人的な目標」と前置きしながら、「全Officeの販売本数のうち、80%はOVSで販売したい」と強気の姿勢を示した。脚光を浴びることがなかったライセンス体系をメーカーとソフト流通の最大手が、本腰を入れて販売し始める。
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ソフト流通の仕組みが変わるか
マイクロソフトとソフトバンクBBによる「OVS」の共同拡販は、両社にとって“諸刃の剣”でもある。「OVS」のようなサブスクリプションモデルでソフトが流通すれば、当然ながらパッケージソフトやプリインストールPCの販売が鈍化する可能性があるからだ。
ただ、ソフトバンクBBの本多晋弥・コマース&サービス統括CP事業推進本部マイクロソフト事業担当部長は、「サブスクリプション型のソフトは、一気に大きな金額を得ることはできないが、顧客と継続的につき合うことができるメリットがある。更新の際などにコンタクトを取ることができ、他のソリューションを提案する足がかりを掴むこともできるだろう」とそのメリットを話している。
5年ほど前から提供していた「OVS」が脚光を浴びなかったのは、プリインストールPCやパッケージソフトを販売したほうが、目先の売り上げを確保できるし、売りやすいからという理由が裏にある。マイクロソフトの菊地正和・SMBディストリビューション統括本部担当部長も「マイクロソフトの営業担当者でさえ、売りやすいものを売っていた」と話している。
「OVS」普及のカギは、前出の本多担当部長がいうように、中堅・中小企業(SMB)をターゲットに置くリセラーに、サブスクリプションライセンスを販売する魅力をどの程度伝えることができるかが勝負だ。
また、サブスクリプションライセンスを販売するには、“箱モノ”を販売するのに比べて「スキルが必要になる」(ソフトバンクBBの本多担当部長)。その点を今回のリセラー向け施策で解消できるかどうかも焦点になる。
今回の協業の話は、ソフトバンクBBがマイクロソフトに声をかけて実現した。今回の協業施策が成功するかは未知数だが、ソフト流通最大手のソフトバンクBBが、ソフト流通の仕組みを変えようとしているのは確かだ。(木村剛士)