北陸地区でのデータセンター(DC)ビジネスが活性化している。ITホールディングスのインテックと北陸電力などの合弁会社でDC事業者のパワー・アンド・IT(PIT)は、この8月までにラック換算で250ラック分の収容能力の増強に乗り出す。本来は2~3年後に行う増強計画だったが、「引き合いの強さに対応するため」(PITの大庭正幸社長)に、急遽、収容能力の強化を決めた。東日本大震災と全国的な電力事情の悪化を受けて、首都圏や関西地区からBCP(事業継続)やDR(災害復旧)ニーズが北陸地区へ広がっていることが背景にある。(安藤章司)
北陸のDCビジネス活況でおおわらわ
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PIT 大庭正幸社長 |
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インテック 屋敷知幾参事 |
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HISS 高松正社長 |
PITは、富山市内に500ラック規模のDCを2011年6月から本格的に立ち上げた会社である。インテックと東京電力などのDC合弁会社であるアット東京の成功モデルをベースとしたもので、基幹業務システムを収容できる最高規格のDCとしては北陸地区で最大規模を誇る。開業当初は、全収容能力の約半分に相当する250ラック分の電源や空調などを整備したが、開業から間もない8月に増強を決めて、年内に拡張工事を済ませ、2012年早々から受注を受け付けられるよう準備を進める。
増強を決めた背景には、BCPやDR需要が予想を上回って拡大していることがある。DCは全体の約7割が首都圏に集中しているが、今年3月の震災と原発事故に伴う電力事情の悪化で、リスク分散の必要性が見直されてきた。BCP、DRサイトは、これまで神奈川や千葉などの首都圏周辺や、遠隔地では関西地区を選ぶことが多かったものの、前者は近すぎてリスク分散にならず、後者だけでは電力事情の悪化への対応が十分にできない恐れがある。そこで見直されたのが、さらにもう一か所のBCP、DRサイトの拠点をもつことだ。遠すぎず、近すぎず、さらに太平洋側で頻発する地震の影響を受けにくいということで北陸地区が候補に挙がり、そこへタイミングよくPITのDCが開業したというわけだ。
PITの大庭社長は、「売るラックがなくなる事態は避けたい」とし、本来ならば2~3年後に収容能力を増やして、3~5年で全500ラック相当の容量の6割方を埋めていく事業イメージを大幅に前倒しする。ビジネスパートナーであるインテックでDC事業を担当する屋敷知幾参事は、「引き合いは非常に強い」と手応えを感じている。商談ベースでは数十~100ラック規模の大型案件が複数あるとみられ、下期に向けて受注に至る案件が増えれば、現在稼働しているPITの250ラック相当のキャパシティが容易に埋まってしまう計算になる。
北陸電力グループでPITに一部出資する北電情報システムサービス(HISS)の高松正社長は、「われわれの活動スペースを前もって確保するためにも、受注ペースを速めなければならない」と、限られたDCスペースの奪い合いの様相を語る。基幹業務システム(ERP)のSAP構築を得意とするHISSでは、ユーザー先に設置してあるSAPシステムをPITのDCに預かる形で、運用管理などのサービスビジネスを推し進める。ラックスペースを単純に販売するのではなく、「SAPアウトソーシングをはじめとする当社ならではの付加価値サービスを主軸にする」(HISSの高松社長)と、DC活用型サービス事業の拡大に取り組む。
インテックは、首都圏と関西圏、PITと自ら運営する高岡DC(インテック万葉スクエア)の富山地区の3地域を仮想的に統合していく“インテック広域データセンター基盤”構想を進める。これにより、3地域のDCのどれかが災害などで停止する事態に追い込まれたとしても、残る2地域で迅速に復旧できる体制を強化する。通信ネットワークに強いインテックならではのインフラサービスを全面に打ち出していくことでビジネス拡大につなげる。
PITは北陸随一を誇る高規格DCであるだけに、ただ単にラックスペースを売るスタイルでは、コスト競争でホスティング事業者などに比べて不利になる構造的な課題がある。PITは、「当社はニュートラルな立ち位置であり、あらゆるSIerや通信キャリアと組んでいく」(大庭社長)として、門戸を大きく開き、SIerの付加価値サービスと組み合わせて提案していくことで収益力を高めていく方針だ。

ラック換算で500ラックの規模を誇るパワー・アンド・IT(PIT)の高規格DC(手前)と、同400ラック規模でアウトソーシング設備を併設するインテック高岡DC(インテック万葉スクエア)の外観
表層深層
ユーザー企業は、BCPやDRに関連して、「下半期(2011年10月~12年3月期)に向け、具体的な行動に出るケースが現れはじめている」(インテックの屋敷知幾参事)状況にあり、インテックやPITは、下期に向けた案件の“収穫”に全力を挙げる構えだ。
一方で、別のSIerの幹部は、「首都圏のDCベンダーの多くは、首都圏外へ情報システムが逃げていくことに警戒感を強めている。ライバルとなるのは関西や北陸ではなく、海外の大手DCベンダーが目立つ」と話す。そもそも、大規模なBCP、DR施策を打つのは、民間では中堅以上の有力企業に限られており、こうした企業の多くがグローバル化を急ピッチで推進している状況がある。そのような企業は中国・ASEANなどの新興国のDC設備を積極的に活用し、国内外で仮想化された分散環境を再構築する動きを活発化させているのだ。
PITもこの点は承知しており、「われわれのような地域のDC事業者が頑張らなかったら、日本のDCビジネスの将来はない」(大庭正幸社長)と、海外ベンダーとの競争を強く意識する。競争に打ち勝てば、第2、第3センターの建設構想も具体化し、北陸地区がDCビジネスの中核地域の一つになる可能性を手に入れることできる。インテックは、ITホールディングスの兄弟会社であるTISが中国・天津にもつ大型DCを含めた国内外のDCを仮想的に統合する構想も視野に入れており、首都圏や地域、海外を巻き込んだ次世代DCビジネスが幕を開けようとしている。