データ復旧ビジネスが拡大している。復旧依頼件数ベースで2011年は2ケタ近く伸び、今年も同様の高い増加率の見込みだ。クラスタ構成をはじめとする多重化や、遠隔地へのバックアップ技術の進展で、データは相対的に失われにくくなっているものの、データの絶対量が増えていることが背景にある。さらに、東日本大震災では被災地を中心に大量のシステム障害が発生。これまでのおよそ1年、震災対応を通じた新しい復旧技術の獲得という副次的効果も生まれている。データ復旧への認知度向上と相まってより一段のビジネス拡大に期待が高まっている。(安藤章司)
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データサルベージ コーポレーション 阿部勇人 代表取締役 |
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ワイ・イー・データ 安尾浩 情報通信 ビジネス部長 |
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アドバンスデザイン 本田正社長 |
「震災発生からこの1年で1000台規模のオーダーで復旧依頼に対応した」と振り返るのは、仙台で創業したデータ復旧サービスベンダーのデータサルベージコーポレーションの阿部勇人代表取締役だ。現在は東京に本社を移しているが、仙台や東京港区の拠点だけでは対応できず、急遽、秋葉原のオフィスもラボに改造して対応に当たってきた。データ復旧の中心はハードディスクドライブ(HDD)で、障害の内容はソフトウェア面の論理障害、ハードウェア面の物理障害の二つに大別できる。だが、今回の震災では新たに化学分野の障害が加わった。
化学分野では、主に油分や薬品で汚れた基板を洗浄するのに必要な技術開発が不可欠。震災では津波による塩分だけでなく、港湾などに備蓄されていた石油や薬品をかぶったケースが少なくない。データ復旧の基本は、「記録デバイスを稼働可能な状態にもっていくこと」(データ復旧サービスを手がけるワイ・イー・データの安尾浩・情報通信ビジネス部長)がスタートラインとなる。HDDであるならば、油分や薬品で汚れた部分を化学技術を駆使して徹底的に洗浄する。ディスクの制御基板が腐食していれば同等部品と交換し、「ハードウェア的な原状回復を行って、論理的な復旧作業に入る」(同)。
データサルベージコーポレーションでは、震災での依頼件数のうち復旧成功率は約50%、破損や腐食によって原形をとどめていないことによる復旧不可が約25%、残り約25%が復旧を断念せずに新規技術開発に取り組んだり、旧式マシンで中古物件からの部品確保を待っている段階などが占める。阿部代表取締役は「この1年で獲得した化学系の技術が、1年前にすでにあったとしたら、復旧成功率をもう少し高めることができた」と悔しがる。
一方で課題もある。HDDに関しては、歴史が長いこともあって復旧技術は高いレベルで確立されているが、半導体メモリの一種で、HDDの一部置き換えも進んでいるSSDや、ベンダーによるデータの暗号化が施されることの多いスマートデバイスなどのハードルは依然高い。
SSDはメモリの耐久性を高めるためにデータを書き込む場所をランダムに変える特性があり、復旧時にはコントローラの解析が求められている。また、データベースがトラブルを起こした場合、「物理だけでなく論理的にも復元する技術がカギになる」と、データ復旧サービスの先駆ベンダー、アドバンスデザインの本田正社長は指摘する。スマートデバイスなど、一部暗号化されていたり、意図的に暗号化されたデータについては、開発元に復号化する技術を開示してもらう必要がある。ベンダーのなかには技術開示に消極的な一面もみられ、業界団体などを通じて開示に関するガイドライン策定を指摘する声もある。
データ復旧の市場は、依頼件数ベースで2011年は2ケタ近く伸びているが、一方で価格下落も起こり始めている。主要ベンダーは復旧に関する技術開発を継続して行うことで収益率を高め、金額ベースでの市場規模拡大に努めようとしている。

津波で水没したデータ復旧の作業工程(イメージ)
表層深層
ハードウェアベンダーやデータセンター(DC)事業者は、「データが失われる可能性があります」とは口が裂けても言えないだろう。実際、クラスタリングやDR(災害復旧)対策でデータは限りなく失われにくくなっている。
だが、人間が介在するところ、必ずミスが生じるのは世の常。データ復旧事業者には「何とか復旧してほしい」と、わらをも掴む思いで依頼してくる企業が増えている。「メーカーに依頼しても、ハードウェアを修理したり、新品に交換してくれることはあっても、中身のデータは保証対象外。私たちは、いわばユーザーにとって“最後の砦”」と、データ復旧ベンダーの幹部は自負している。
震災や震災後の電力事情の悪化で、サーバー機器のオンプレミス(客先設置)が減り、堅牢なDC活用やクラウド化の動きが拡大。これにより「管理レベルが上がってデータ復旧の依頼件数は減るかと思ったが、減少の兆候はみられず、むしろ増えている」(別の幹部)という。
ただ、中身は大きく変化している。SSDなどの新デバイスや、数十台のHDDからなるRAIDシステムに数十台の仮想マシンが詰まっている典型的なクラウド型構造の復旧依頼が目立つようになった。「最新のクラウド技術の知識がなければ、物理面は復旧できても、論理面の復旧はできない」と先の幹部は断言する。
データ復旧ビジネスはハードメーカー・ソフトメーカーとも連携を深めながら継続的な技術革新を求められている。