旧態依然の受託ソフト開発案件が激減する一方で、若手を中心に、クラウドやスマートデバイスなどの新技術を使って、地域産業の貢献と地域IT産業の活性化を図る動きが活発化している。地場産業の筆頭である農業や製造業をはじめとする企業への支援や、一般企業向けの事業継続対策などで、新しい組織やソリューションが生まれている。
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[宮城県]若手IT技術者が集結
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仙台市などのベンチャー企業やデザイン会社の若手技術者が、スマートデバイスのAndroidアプリケーション開発で能力を結集し、アプリ開発ビジネスを活性化させようと「Fandroid EAST JAPAN(FEJ)」という団体を立ち上げた。東日本大震災の2か月後、昨年5月のことだ。発起人の一人で理事長を務める石井力重・アイデアプラント代表は「震災後、行政機関や地元企業からのウェブデザインなど、クリエイターの仕事がなくなり、危機感を感じた」と話す。
FEJは、成長著しいAndroidアプリ開発に着目し、開発に関係する教育や全国の人脈を生かした人的マッチングなどを支援。毎週水曜日には「ITデザインワークショップ」を開催するなど、全国のAndroidアプリ開発コミュニティと連携している。FEJには、市内にあった複数のスマートフォンアプリ開発団体が結集。その一つが、震災前から活動していた「みやぎモバイルビジネス研究会」だ。研究会の原亮会長は、「東北地区は受託ソフト開発に頼る地域で、新しい変革はいつも最後に来る」として、今度は「東北に全国の目が向いているうちに最新動向を全国に発信する」と力が入る。実際、全国から声がかかる機会が増えた。頓智ドット(谷口昌仁CEO)の拡張現実ソフト「セカイカメラ」の開発地で知られる岐阜県のスマートフォンアプリ開発の地、ソフトピアジャパンで、人的交流が始まっている。
受託ソフト開発中心の宮城県のIT産業は、震災を受けて新しい仕組みに目を向けるようになった。震災後、クラウドコンピューティングやスマートシティなどの取り組みを地域全体で強化する組織が立ち上がっている。9月には、NEC、富士通、日立製作所の地元グループ会社と東北電力系のSIer、東北インフォメーション・システムズで「東北IT新生コンソーシアム」を設立。東北の復興と発展に貢献するため、ITの先端研究を手がける東北大学と連携し、最先端のIT利活用で地場IT産業を盛り立てていく。
被災農業のIT化に英知を結集
今年2月には、東北大学農学研究科の中井裕教授を会長に、食・農・村の復興支援プロジェクト「東北スマートアグリカルチャー研究会(T-SAL(Tohoku Smart Agriculture Lab.)」を立ち上げた。先のFEJや村田製作所、地元ITベンダーらが参加。津波被害を受けた畑の塩害をセンサー技術を使って測定し、農業を再興できる土地を探す活動などが始まっている。実家が県内の兼業農家というトレックの柴崎専務は、「ITを使って生産活動を省力化しなければ、日本の農業は衰退する」と、研究の動向に注目している。
宮城県内のITベンダーの多くは、既存事業の存続に危機感を抱き、最先端の技術を求めて東北大学の門を叩いている。ネットワークセキュリティ機器を開発・販売するトライポッドワークスは、今年1月、東北大学が研究していた医療画像の圧縮送信技術を使って、コンピュータ断層撮影装置(CT)などの画像をすばやく送信する装置を開発した。佐々木賢一社長は「顧客の大半が首都圏である当社は、震災の影響が少なかった。だが、震災がなければこうした技術に目を向け、新製品を出すことは後回しになっていただろう」と話す。佐々木社長は、「東北のIT業界にパラダイムシフトが起きている。仙台のITベンダーが全国で花開くことができることを証明し、東北に新しい風が起きていることをアピールしたい」と、地元への貢献を語る。
震災後は、東北のITベンダーを救おうと全国から多くの手が差し伸べられた。組み込み事業者が多い仙台のITベンダーに向けて昨年11月に開催された「組込み総合技術展(ET2011)」には、みやぎ組込み産業振興協議会(31事業者)が主体となって出展。被災地ベンダー向けの特設のマッチングスペースが設けられ、これを契機にパナソニックが「組込みマッチング展示会」を開いてくれた。
協議会事務局の折内新司氏(NECソフトウェア プラットフォーム事業部グループマネージャー)は「具体的な協業事例が出てくるのはこれからだが、これまで単独メーカーとマッチングする機会はまったくなかった。全国の支援の力を感じる」という。すでにM2M(マシン・トゥ・マシン)などの領域で、組み込み業界が取り組める新たな挑戦を開始した。
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