「IPS」は、企業の社内サーバーやネットワークへの不正アクセスを検知し、遮断する侵入防止システムだ。強固なセキュリティを求める官公庁や大企業の需要にけん引されて導入が進んでおり、IPS市場は2014年に60億円規模に伸びる見込みだ。このところ、中堅・中小企業(SMB)の間で需要が高まってきたり、新規プレーヤーが参入してシェアを伸ばしたりなど、ターゲットや市場構成は変化しつつある。(文/ゼンフ ミシャ)
figure 1 「市場」を読む
伸びが期待できる市場、2014年度に60億円へ
IPS(Intrusion Prevention System=侵入防止システム)市場は、着実に成長しているマーケットである。サイバー攻撃の増大や、その形態の多様化に伴い、従来のファイアウォール製品だけではシステムを十分に保護することが難しくなっている。脅威からの防御を確実なものにするために、ファイアウォールを通過した不正な通信を検知・遮断するIPSの導入が官公庁や大企業を中心に進んでいる。調査会社のアイ・ティ・アールは、IPSと、IPSの“前身”で遮断機能を備えないIDS(Intrusion Detection System=侵入検知システム)を合わせた2012年度に市場規模を、52億円とみている。向こう2年の間に市場は年4億円水準で伸び、2013年度に56億円、2014年度に60億円に拡大すると予測する。IPSは、不正侵入防止を含め、ファイアウォールやアンチウイルスなど、複数のセキュリティ機能を組み合わせるUTM(Unified Threat Management=統合脅威管理)と比較すれば市場規模が半分くらいと小さいが、情報セキュリティ市場の一つのセグメントとして存在感を高めている。
国内IDS/IPSとUTM市場の推移・予測
figure 2 「プレーヤー」を読む
各社の伸びは堅調、競争は激化へ
IPSは、2000年代の前半に登場したが、これまでどちらかといえばニッチな製品だった。そんなこともあって、日本市場でIPSを展開するベンダーの数は比較的限られている。IPS市場で高いシェアを握るのは日本IBMとマカフィーで、両社はミック経済研究所によると、それぞれ25%前後のシェアをもっている。日本IBMは、2006年にセキュリティメーカーのISS社を買収し、旧ISSのIPS製品を「IBM Security Network IPS」として展開。この製品は2010年に50%増の伸びを記録するなど、好調に推移している。2002年にIPS事業に参入したマカフィーは、およそ10年にわたる実績を踏まえて、安定した成長ぶりを示す。両社以外の主要なIPSベンダーとしては、外資大手のジュニパーネットワークスやシスコシステムズがある。また、ここ数年、販売体制を強化してシェアを急速に伸ばしてきたセキュアソフトも注目株だ。IPSの主要プレーヤーは、ニーズの拡大につれて競争激化の状況に直面している。
IPSの主要ベンダーと主な製品
figure 3 「注目度」を読む
DC市場が有望、対標的型攻撃でSMBも関心
IPSベンダーが開拓に力を入れる市場として、サイバー攻撃の危険にさらされるデータセンター(DC)事業者や自社DCを運営する大企業が挙げられる。最近は、特定の企業や社員を狙う「標的型攻撃」が注目を浴びており、中堅・中小企業(SMB)でもIPSを導入する例がみられる。SMBは、大企業の取引先として標的型攻撃に狙われやすいので、社内システムを脅威からこれまで以上に強固に保護する必要がある。ベンダー各社は、「DC」や「SMB」を切り口としてIPSの提案活動に力を注ぎ、事業拡大に取り組んでいる。しかし、IPSはまだ認知度が低いこともあって、ほかのセキュリティ製品と比べて導入の優先順位度が低いのが実情だ。IPS利用の重要性は理解できるものの、コストの問題で導入をためらう企業が少なくないという事情が、IPSの事業拡大の障壁となっている。そんな状況にあって、ユーザー企業がいかにセキュリティ対策への投資を重視するかが、IPS市場の成長に大きな影響を与えることになる。アイ・ティ・アールは、2011年度、情報セキュリティへの投資がIT投資全体の12.5%に伸びたことなどから、ユーザー企業は東日本大震災の発生を受け、事業継続の観点から充実したセキュリティ対策によるリスク低減の重要性を見直したとみている。IPS導入の機運は高まりつつあるのだ。
IT予算に対する情報セキュリティ対策費用と
災害対策費用の割合の推移
figure 4 「海外」を読む
米国で新規プレーヤーが急増、市場構成が変わる
日本のIPS市場の可能性やベンダーの動きについてヒントを得るためには、海外のIPS市場をみておく必要がある。IBMやマカフィーなど、日本で強みを発揮しているIPSベンダーが本社を置く米国で、各プレーヤーの市場での位置づけを表す「IPSのマジック・クアドラント」(米ガートナーが公開)をみると、ベンダー別の市場構成が基本的に日本と同様であることがわかる。つまり、マカフィーやIBM、シスコシステムズ、ジュニパーネットワークスが、米国でもトップの地位を獲得しているということだ。
しかし、マジック・クアドラントが示すように、米国市場では、興味深い動きが出始めている。マジック・クアドラントの下半分の領域にニッチな企業や斬新なビジョンをもつ企業がひしめくようになっており、彼らは速いスピードで大手ベンダーからシェアを奪いつつある。米国市場での動きは、数年のタイムラグで日本でも似たかたちで起こる可能性が高い。そのため、日本においてもIPSの需要が拡大するにつれて、今後、新しいプレーヤーが誕生し、大手ベンダーのポジションを揺るがすような状況になりそうだ。実際、セキュアソフトのように、シェアを伸ばしている企業がすでに現れており、IPS市場のベンダー別構成が変わろうとしている。
米国市場での主要なIPSベンダー