ITベンダーのアジア進出が正念場を迎えている。中国との政治的摩擦が続くなか、日中間の経済交流にも影響が避けられない見通しだ。日本の大手ITベンダーは「海外事業のリスクのうちに含まれている」と捉えて、アジアでの中期的な事業計画を見直す動きは顕在化していない。しかし、中小ベンダーのなかには戸惑いの声も出ており、対中ビジネスのスタイルを変える局面も出てくる可能性がある。世界有数の成長市場となったアジアだが、一方で海外ビジネスに不可欠なリスク管理能力が強く求められている。(安藤章司)
多くの日系ITベンダーにとって、巨大な中国市場はアジア進出の主要部分を占めており、日中の政治的摩擦の影響を大なり小なり受けざるを得ない。実際にはどうなのか──。対中投資を積極的に行っている大手SIerでITホールディングス(ITHD)グループのTIS・水谷芳利常務は、「中期経営計画に変更はない」と断言する。また、別の大手SIer幹部は、「中国の反日感情の高まりは、数ある海外リスクの一つとして織り込み済み」と冷静な受け止め方をしている。
9月中旬、東京都内で西安高新区管理委員会主催の「2012西安(東京)ソフトウェア産業交流会」が開催された。情報サービス産業協会(JISA)などが後援したもので、日中双方、数十社のベンダーが集まった。この時期、札幌で予定していた「第16回日中情報サービス産業懇談会」の開催が見合わせになるなど、日中双方が参加する大小さまざまなIT関連イベント・セミナーが延期になるなかで、予定通り開催された数少ない会合だ。
出席した西安高新技術産業開発区管理委員会の陳洪濤・副主任は「西安の日本向けソフトウェアアウトソーシング企業が50社を上回った」と、対日ビジネスを手がけるソフト開発ベンダーの集積度が高まっていると述べた。さらに韓国サムスン電子が同開発区に最新鋭のフラッシュメモリ工場を建設中で、「第一期の投資額は70億ドル(約5600億円)、将来は160社規模の関連企業が進出してくる見通しだ」(同)と、日本のライバル心を刺激するコメントも織り交ぜた。
中国では都市ごとにつくられた開発区で熾烈な誘致競争を繰り広げている。沿岸部の人件費高騰を受けて西安のような内陸部へソフト開発やシステム運用センターを移すSIerも多い。重慶や武漢、成都、済南などが内陸部で競争関係にあり、ある中国系SIer幹部は、「これら開発区の日本担当者は、今回の政治的摩擦で日本からの投資減少を内心では危惧しているはず」とみる。会合で日本側を代表してプレゼンしたNECの山元正人常務は、中国側の興味を惹きそうな環境や医療、交通などインフラ系のITシステムを中心に話した後、「NECグループのオフショアソフト開発の約80%は中国に発注している」と、“中国情報サービス産業にとって日本はなくてはならない存在”であることを念押しするかのようにつけ加えるのを忘れなかった。
一方で、中国に進出している中小のSIerからは、日中間で周期的に起こる政治摩擦に戸惑いの声が聞かれる。「中国の激しい反日デモを海外リスクとして事業計画に織り込むことができるのは、ごく限られた超大手だけ」(日系中小SIer幹部)「アジア進出はASEAN中心に移行せざるを得ない」(日系ITベンチャー幹部)と打ち明ける。なかでもネット系サービスベンダーは、中国の厳しいネット規制に辟易しており、ASEANへの進出意欲を高めている。しかし、日本の情報サービス業の売上構成は伝統的にB2B領域の基幹業務システムの比率が大きいので、巨額のインフラ投資を行う体力のある中国市場を、アジアビジネスから外すことはもはや不可能に近い状態にある。中国側も、これまで二十年来蓄積してきた対日オフショア開発、対日BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービス人材を多く抱えており、対日ビジネスの縮小は決して本心から望んでいることではない。双方ともに“嵐”の過ぎ去るのを待つ状態が続いている。

中国では9月中旬、激しい反日デモが起こった
表層深層
反日感情の高まりで、日本製品の不買運動が拡大、慢性化すれば、中国の一般消費者と接点が大きい自動車や小売・流通サービス業など日系ユーザー企業のIT投資意欲が一気に縮小しかねない。B2Bの領域は、一般消費者から見えにくいこともあって「影響は限られる」(日系SIer幹部)との見方が有力だが、日系ITベンダーの主要顧客の一角を占める日系ユーザーのビジネス全体の動向はまだ読み切れない。
中国ではもともと中国国内の産業振興のため、日系進出企業と地元資本との合弁方式を採るケースが多い。今後の反日感情の影響を見据えて、従来に増して合弁パートナーにビジネスの前面へ出てもらう必要が出てくる可能性もある。さらに一歩引くかたちにはなるが、香港や台湾、米国などを経由して中国へ進出することでリスクヘッジを図る方法もある。
JISAと中国情報サービス業界団体の中国軟件行業協会(CSIA)共催の「第16回日中情報サービス産業懇談会」の見合わせに際して、CSIAは「中国国内の事後処理に力を尽くし、マイナスの影響が出ないよう努めるとともに、連絡を密にし、機が熟した段階で懇談会を再開できるよう共に努力していくことを望む」とメッセージを送ってきた。JISAは「日中関係が良好になれば業界間交流も再開できる」と希望をつなぐ。「政治は政治、経済は経済」(中国系SIer幹部)と割り切る考えが、少なくとも日中情報サービス業界では主流だ。