ITベンダーの成長を後押しするのがクラウド/SaaSであることは、今や疑いようがない。そんな状況にありながらも、クラウドサービスをすでに活用している年商5億円以上50億円未満のユーザー企業は、14.6%にとどまる(ノークリサーチ調べ)。さらに、年商5億円未満の企業では、その比率がわずか8%でしかない。中小企業向けクラウドは、成功例に乏しいのが実情だ。『週刊BCN』編集部は、中小企業向けビジネスを長年手がけ、このところクラウドビジネスに注力する姿勢を明らかにしている有力ベンダー4社の経営トップ層を招き、「中小企業クラウド座談会」を開催した。その模様をお伝えする。(司会・進行/信澤健太 写真/大星直輝)

(写真左から)サイボウズ 青野慶久 社長、日本マイクロソフト マイケル・ダイクス 業務執行役員 SMB営業統括本部 統括本部長、ピー・シー・エー 水谷学 社長、弥生 岡本浩一郎 社長
中小企業が抱く漠然とした不安
──大手企業に比べると、中小企業ではクラウドに求める要件はそれほど厳格ではないと思いますが、クラウドへの懸念が強いのはなぜでしょうか。
ダイクス あくまでも仮説ですが、大手企業になってきますと、セキュリティ面に不安があるとしてもベンダーの営業担当者が企業に出向いて説明できる。こういう性能のデータセンターで、こういうセキュリティ条件を整備していて政府がそれを認めているということをきちんと伝えることができます。でも、中小企業になると、それができない。情報は提供するとしても、相手に安心してもらえるまで丁寧に説明するという活動が不足しているのだと思います。
青野 中小企業の側からすれば、クラウドについて詳しいことを説明されても意味がわからないわけですよ。ISMS認証を取得していますと言っても「何ですか、それ」となって、不安はいっこうに解消されない。だから理屈で訴えてもダメで、イメージを改善していかないと。もう少し普及してくれば、風向きが変わって不安も取り除かれると思います。
岡本 周囲にクラウドを使っている人がいることがすごく重要だと思っています。例えば、他意はありませんが、Gmailに関しては、「グーグルが利用者のメールを見て何かをするのじゃないか」「絶対何かするぞ」と巷ではよくささやかれていましたよね。でも、結局は使ってみて便利だということがわかれば、皆が使い始めます。不安はゼロにはならないけれども、メリットが勝ってくるというわけです。
中小企業、とくに小規模の法人や個人事業主にとって、不安はあるといっても、どちらかというと漠然とした不安なんですよ。「セキュリティの認証を取っていないとダメだ」というユーザーはいない。
水谷 皆で渡れば怖くないわけですね。皆が使っているから大丈夫だろうと。日本の企業には、新しいことに尻込みする保守的な面があるのは確かだと思います。なかでも、会計に関するデータは外に出すのが不安という思いがある。会計は保守的なお客様がとくに多い分野なので、情報系の導入がまず進んでから数年遅れでわれわれのところにブームがやってくる。これは、インターネットのような過去の例をみても、全部遅れてやってきましたので、よくわかります。
青野 アメリカのITベンチャーをみていますと、どんどんBtoBのサービスが登場していますよね。でも、日本では不安感を解消しないといけないので難しい。ブランドがあるベンダーでないと、漠然とした不安感に負けてしまいます。マイクロソフトのようなブランドがあれば、買っても大丈夫だろうとなります。
クラウドが普及すればベンチャーが参入しやすいのかなと思いましたけど、意外と逆。ブランド力がないベンチャーがこれからクラウドを始めても、お客様の不安感を乗り越えられない。
日本企業特有の課題解決には
とにかく常に情報を発信する

サイボウズ
青野慶久 社長
「実はパッケージにも力を入れています。既存のお客様は、クラウドにゆっくりと移行してもらう方針です。その間はパッケージもバージョンアップを続けて、満足度が高い状態に保ちます」
ダイクス 少し視点を変えてみましょう。マイクロソフトの場合、もともと外国で開発されたクラウドを日本で展開している。世界中あちこちで運用しているので、不安に思う方がいます。あるパートナーさんに興味深いたとえ話をしていただいたので、皆さんと共有したいと思います。こう言われたんです。
「日本の場合、電車に乗っていてホーム以外で停車すると、すぐに『停止信号が出ましたので、しばらく止まります。状況を確認中です』と、まず乗客に伝えます。それで、3分後くらいに『人身事故が起きたので、今しばらくお待ちください』とアナウンスする。とにかく、逐次情報を提供する。電車が止まって、仕事に遅れてしまうことに変わりはありませんが、常に情報を提供されることで日本人は安心します。かたや米国はそういうことをしない。電車が止まっても乗客は待つだけ」。
クラウドも、日本人の感覚であれば、止まっている間も常に状況報告を求めるので、リアルタイムに対応できる仕組みが必要になってくるというわけです。
青野 運用状況やセキュリティの仕組みだとかすべて公開していますが、ダイクスさんがおっしゃったように何かあったときにすぐに情報を発信する体制が必要です。今こんなことが起きていますよ、ということを迅速に伝える。パッケージを単純に「どうぞ使ってください」ではなくて、電車を運行する鉄道会社のように、常に情報を発信していかなければ。社内でも、そういうことだけを専門に行う部署をつくろうと話しています。
ダイクス 以前は、ダウンタイムが起きた場合に、当社側で状況を把握できていなければ、無責任に発言してはいけない決まりでした。状況がわかってはじめて発表するというふうに。
でも、日本のお客様はわずかなタイムラグに不安を感じるので、フィードバックを受けてこの仕組みを変えました。まだ詳細な状況が判明していなくても、まずはアラートを出す。状況がもっとわかってくれば、そのつど情報を出していくというかたちに1年くらい前に切り替えました。
岡本 その話は、すごくよくわかります。当社も「弥生の店舗経営オンライン」の立ち上げにあたって、保証はしていませんが24時間監視するチームを立ち上げました。ただ、現実問題として、「弥生オンライン」だけでこうした体制が必要かというとそんなことはなくて、ライセンス認証の仕組みやオンラインアップデートの仕組みを数年前から導入しているので、事実上、24時間365日運用の体制になっているんですよね。システムが止まれば、すぐに電話がかかってきますから。年々、リアルタイム対応の必然性は高まっていて、当社もトランスフォームしているところです。
水谷 当社はちょっと違います。365日、深夜0時から午前7時まではメンテナンス時間帯なので、お客様はシステムを使えません。サービスの提供は、17時間しかやっていなくて、夜中に完璧にメンテナンスする。自動でアップデートするということは一切しません。あくまで事前に確認して絶対大丈夫というものをサーバー側に反映するようにしています。24時間を捨てたことによって、安心してもらえる運用体制が構築できていると自負しています。
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