会計ソフトウェアの市場は、急激な成長が見込めない。たしかに国内企業の数が増えない限り、市場の母数は大きくならないと思われがちだ。しかし、中小・零細企業にフォーカスした弥生社長の岡本浩一郎は、このことを否定する。「当社のマーケットは、確実に広がる」。理由は、中小企業の新陳代謝にある。倒産が多くても、一方で新しく起業する会社もある。この繰り返しのなかで、「弥生会計」の新しい顧客が生まれる、というわけだ。(取材・文/谷畑良胤)
一度顧客にしたら離さない。他の会計ソフトの保守契約率が3割程度というなか、弥生は5割以上の高い率を誇る。売上高100億円以上で粗利が5割弱とみられる安定感は、この保守契約がものをいう。弥生の保守契約「あんしんサポート」は、昨年の継続率が87.3%に達する。大阪にあるサポートセンターでのアウトバンドコールなども功を奏している。「自画自賛になりますが」と、岡本は「弥生社長の愚直な実践」というブログで、自慢げにサポートの質の高さを強調している。安定的な経営を続ける弥生だが、現在は少し方向性を見直している。「業務ソフトメーカーから『事業コンシェルジュ』へ進化し始めた」。会計ソフトを使うのは、多くが経理部や総務部に所属する社員だ。中小・零細企業では、経理以外の他の業務を兼務しているケースが圧倒的に多くなる。こうした人たちの「相談役になる」というのだ。
コンシェルジュの内容は、福利厚生や法令文書サービス、パソコンのトラブルや仕訳相談など、多岐にわたる。ただ、会計ソフトメーカーが行うこの手のサービスは、ソリマチやミロク情報サービスなどが、先行して手がけている。弥生は、便利な機能を追加してサービスを立ち上げている段階だ。
「将来は、サービスをマッシュアップ(つなぐ)して、付加価値を生み出したい」。岡本は、請求書を発行する会社や税務相談に応じる会社などをインターネット上でつなぎ、そのサービスに課金して収益を得る方法を検討しているようだ。すでに、ハガキソフト会社の筆まめとは提携を果たし、同社のサービスを提供したり、ソーシャルを使った「税務相談」などを実行中だ。「弥生製品を切り替える必要がないようにする」という。付加サービスが顧客に定着すれば、保守契約率や製品継続率も上がる。何が何でもサービス課金で儲けようとはしていない。ただ、その基盤としてクラウドが重要であることは、間違いない。前号で触れた通り、弥生には、いずれイグジット(ファンドが株式売却で利益を得る)するステップが訪れる。そこで、岡本に少々意地悪な質問をした。「M&Aという方法もありますね」。岡本は本音を語ってくれた。「たしかにM&Aは視野に入れている」と。

週刊BCNが主催した会計ソフト大手代表者による「業務ソフト座談会」に参加した弥生の岡本浩一郎社長(写真の右はじ) 弥生は、財務会計や販売管理など業務まわりの機能に磨きをかけていって、例えば、スマートデバイスを利用した会計ソフト連携などは、先進技術をもつベンチャー企業の力を借りる。そのために、M&Aも辞さない。新しいテクノロジーが、今は安定している弥生の領域をいつ崩すとも限らない。
顧客からすれば、サービスの質と量が高まり、会計ソフトの価格が下がれば申し分ない。クラウドサービスは、徐々に利用が広がる可能性はあるが、ニーズが表面化していない。調査会社のノークリサーチによれば、中小企業の約9割は、基幹システムでSaaSを選択しないと回答している。先例として、大幅な低価格で市場に投入した商工会議所向けの某会計ソフトがあるが、失敗している。ある程度高額でも、品質が優先される市場なのだ。[敬称略](つづく)