会計ソフトウェアの人材輩出企業──。“ホリエモン”が率いるライブドアに買収されるなど、離合集散を繰り返してきた弥生。同社からは、有能な人材が競合他社へ散った。ライブドアが投資ファンドに売却したあと、二代目社長に就任した野村総合研究所(NRI)出身の岡本浩一郎は、早々に改革を打ち出した。それは、事業領域の拡大ではなく「原点回帰」。既存製品を強くして、ターゲットを中小・零細企業に絞る。改革から5年。家電量販店市場での“敵”は減ってきた。(取材・文/谷畑良胤)
「競合がいない」。弥生社長の岡本は、店頭市場の現状を語る。実際は、ソリマチなどが競合に準ずる。量販店の実売データを集計して年間のNo.1を決める「BCN AWARD」では、業務ソフト部門で14年連続、ソリマチより後発の申告ソフト部門でも、9年連続で受賞。首位を不動にし、圧倒的シェアで差は開く一方だ。しかし、岡本は言う。「今のところは平穏な状況だ。しかし、危機感を抱いている。潮目が変わることもあり得る」。
社長就任当時、岡本の口から出てくる言葉に、「Quick Books」という製品名が頻繁に登場していた。弥生の前身、米インテュイットが欧米で販売する会計ソフトだ。「経理の知識がなくても簡単に会計処理できる」がうたい文句。岡本は、「次の弥生」を探る時、この製品をベンチマークしたようだ。岡本は「(社長就任の)最初の3年間は、量販店の店頭を戦場とする日々の戦いに没頭した。今、そのフェーズは終えた」。この戦いと並行し、テクノロジーへと傾注していく。
「突き詰めれば突き詰めるほど、日本の会計制度は外資系ソフトベンダーにとっては対応しにくい」。同じく会計ソフトベンダーのピー・シー・エー社長の水谷学は、外資系ベンダーの参入障壁が高いことを、こう表現した。会計ソフト市場は“立ち入り禁止”の保護地帯ではあるが、製品の中身は、どのメーカーのものでも変わりばえしない。だからこそ、弥生社長の岡本は、早々にマイクロソフトの.NETフレームワークを製品に採用することを決め、開発陣を奮い立たせた。

東京モード学園で、起業やプロを目指す学生に講義した弥生の岡本浩一郎社長 クラウドコンピューティングの時代に突入し、古いテクノロジーでは新しい価値を提供できない。弥生は、2~3年をかけて移行作業を急ピッチで行った。OSが「WindowsXP」だった頃、こんな噂が広がった。「弥生会計は遅い」。ソーシャルメディアを駆使する岡本の耳にも届いていたはずだ。だが、.NETベースに独自のチューニングを加え、「試行錯誤するなかで、格段上のUX(ユーザー・エクスペリエンス)を提供することができた」。この苦境を経て、社内開発陣の技術力もアップした。岡本は、メインフレーム言語「COBOL」を新人で習う最後の世代だ。「技術へのこだわりは、最高レベルで維持し続ける」
弥生の年商は非公開だが、100億円以上だ。岡本の頭の中には「年商500億円という絵はある」という。300億~500億円までは、クラウド事業などの推進で到達する。1000億円となると、「相当の進化が必要だ」(岡本)。ライブドア保有の弥生株式を投資ファンドのMBKパートナーズに売却した額は、数百億円。いずれ、イグジット(ファンドが株式売却で利益を得る)する段階が訪れるが、今はその時期ではない。
弥生は、2011年から毎年、「弥生スマートフォンアプリコンテスト」を開いている。グランプリには100万円を授与するほど、力を入れるイベントだ。クラウドやスマートデバイスが普及する時代。「スピード感をもった競合ベンダーが新たに生まれている」。岡本は、それを肌で感じたいと考えた。トップベンダーが陥る何かを打破するために。[敬称略]