社会保障・税番号制度関連法(マイナンバー法)が、5月24日、成立した。情報サービス業界にとっても、大きなビジネスチャンスを伴うマイナンバー制度の実現は朗報となるので、歓迎する声が大きい。国や地方自治体、関係公的機関における新たなシステム整備が必須となるうえに、制度施行から3年後を目安に、マイナンバーの民間サービスへの活用も検討される。IT市場の活性化という観点からして、大きなポテンシャルを秘めているといえる。事実、3月期決算発表会では、多くの経営者がマイナンバー関連需要への期待を口にした。マイナンバーは市場にどのような影響を及ぼし、誰がどう儲けることになるのか。各社の思惑を探った。(安藤章司、ゼンフミシャ、本多和幸)
「マイナンバー法案」が衆議院を通過した直後、NTTデータの株価は大きく上昇した。NTTデータは、大手SIerのなかでも公共分野に強く、今後、マイナンバー絡みの案件を少なからず受注するだろうとの市場の期待を反映したものだ。NTTデータの岩本敏男社長は、「マイナンバー制度はかねてから必要だと唱えている」と、社会保障や税制改革に欠かせないとの持論を展開。そのうえで「国内の公共セグメントのIT投資の総額が大きく伸びることは考えにくいが、個別に中身をみると変化がある」(岩本社長)として、マイナンバー制度の施行に伴う新規システム開発などで需要増を見込む。
同様に、公共機関のシステム構築需要を狙うのが、ITホールディングスだ。前西規夫副社長は、「インテックなど自治体に強いグループ会社を中心に、今期からさっそく営業的な下調べに入る」と、素早い対応で受注を獲得する可能性を高める意向だ。
また、電通国際情報サービスは、公共分野の事業規模は小さいものの、かつて家電エコポイントや住宅エコポイントの際に、親会社の電通と協業して、補助金などを申請する際に使う情報システム基盤として、クラウドサービス「Salesforce」を納入した実績がある。マイナンバーについても、「具体的にはわからない部分はあるが、期待は大きい」(釜井節生社長)と、電通グループのSIerとして案件獲得に意欲を示す。
公共分野だけでなく、民間需要の盛り上がりにも期待が寄せられている。ITホールディングスは、マイナンバーから派生する可能性がある、民間企業による新たなサービスに向けた需要も取り込もうとしている。例えば、マイナンバーと紐づけられたICカードを配布することになった場合、金融機関との連携も考えられることもあって、金融分野に強いグループ会社のTISもビジネスチャンスがあるとみている。
同様の姿勢を示しているのが、同じく金融分野に強みをもつ大手SIerの日本ユニシスだ。黒川茂社長は「霞が関系の案件は手がけていないので、官公庁システムの構築案件は見込んでいないが、金融機関をはじめとする民間セクターでのシステム構築のニーズに期待している。また、個人番号カードの発行に関しても、大日本印刷との提携を生かし、ビジネス化を図りたい」と、商機をうかがう。
さらに、保険会社などに強い中堅SIerの日本システムウエアは、具体的なビジネス化には至っていないものの、すでに既存の顧客にマイナンバー制度と連携したソリューションを提案しており、手応えを感じているという。「将来、案件の獲得もおおいに期待できる」(青山英治・取締役執行役員専務)としており、ビジネスプランを練っていく方針だ。
マイナンバー法が成立したことにより、2015年秋に番号を通知し、2016年1月から制度の本格的な運用が始まる。政府は国会審議の答弁のなかで、関連システムの整備にかかるコストについて、全体で2700億円と見積もっていることを明らかにした。内訳は、個人番号・法人番号の付番関係システムに160億円、国や地方自治体の機関間で情報の受け渡しを行うための情報提供ネットワークシステム、国民がマイナンバー関連情報や行政サービスにアクセスする際のインターフェースとなるマイポータル、特定個人情報保護委員会の監視監督システム構築に合計190億円、地方自治体や地方の公的機関における関連既存システムの改修に2350億円となっている。まずはこれが、情報サービス産業にとっての当面のパイの大きさになる。(2013年5月27日記)
表層深層
2011年に政府が試算したマイナンバー関連のシステム整備コストは、「粗く見積もって」という注釈つきではあったものの、最大約5000億円という規模だった。最新の試算結果は、マイナンバー制度の導入や、新たなシステム整備投資の費用対効果を一部で疑問視する声に配慮したのか、半分程度に縮減したものとなった。マイナンバー制度導入のロードマップをみると、システム整備については、今年中に要件定義と調達を行う予定で、ベンダー、SIer側に残された時間はそれほど多くはない。ここに商機を見出している企業にとっては、早めの準備が必要だ。
一方で、国はマイナンバーと民間サービスの連携による新たな産業の創出も目指しており、経産省の担当者は、「情報サービス産業にとっての経済効果も、初期のシステム整備への投資によるものより大きくなる可能性がある」と話す。日本ユニシスやITホールディングスが狙うように、マイナンバーによる個人の認証と金融サービスの連携は、関連省庁の実務者会議などでも現実的な選択肢として議論の俎上に上がっているという。システム整備のための費用は有限だが、マイナンバーを活用した新たな民間サービスには、考えようによっては無限のビジネスチャンスがある。
IT関連企業だけでなく、ユーザー企業なども含めて、民間企業の知恵を広く集積した新たな提案が求められるだろう。(本多和幸)