フィリップ証券は、取引所との低遅延接続をどう実現するのかの課題を抱えていた。とりわけ金融派生商品の取引はミリセカンド(1000分の1秒)単位で勝負が決まる“早い者勝ち”の世界。どのITパートナーと組むかでビジネスが大きく左右される。ITへの依存度が極めて高い業種だけに、組めるITパートナーも限られているが、それでもフィリップ証券がこだわったのは「どれだけグローバルITサポートを提供できるか」(フィリップ証券の邵柳林・取締役CIO兼ITサービス部長)であった。
【今回の事例内容】
<導入企業> フィリップ証券シンガポールのフィリップキャピタルグループに属する国際的な証券会社。成瀬証券とフィリップフィナンシャルが2011年4月に合併して発足した。
<決断した人> 写真左からKVHの松本大輔・営業部長、フィリップ証券の邵柳林・取締役CIO、牧野倫之・ITサービス部課長、KVHの内山豊・シニアアカウントエグゼクティブ <課題>金融派生商品などの高頻度売買を本格的に始めるに当たって、証券取引所と低遅延で取引できるITをどう調達するのかの課題を抱えていた。
<対策>KVHのDCで提供している「プロキシミティサービス」などを採用した。
<効果>当初のもくろみどおり、大阪証券取引所と東京商品取引所(TOCOM)との高頻度取引を実現した。
<今回の事例から学ぶポイント>IT依存度が高い金融業特有のニーズを満たすだけでなく、グローバルITサービス基盤による国際的なグループ相乗効果を生むようになった。
金融とグローバルで絞り込み
フィリップ証券は、大阪証券取引所(大証)と東京商品取引所(TOCOM)との「高頻度取引」を実現するに当たって、それをどのように実現するのかの課題を抱えていた。「高頻度取引」とは、取引所と超高速でトランザクション処理を行う仕組みで、取引回数は一般的に毎秒30回程度の速さ、理論的には毎秒1000回を実現するものだ。ミリセカンド単位で取引を行うのは、「金融派生商品などは早い者勝ちであることから、発注の速度が遅いとビジネスに勝てないから」(フィリップ証券の牧野倫之・ITサービス部課長)である。
「高頻度取引」を実現するには、大証やTOCOMへの低遅延接続サービスである「プロキシミティサービス」を利用する必要があるが、そもそもこうしたサービスは、金融システムのなかでも相当特化した専門的な分野である。汎用的なデータセンター(DC)サービスは、SIerやDC事業者が数多く提供しているが、金融取引分野における低遅延接続に特化したサービスなので、選択可能なベンダーは多くない。だが、フィリップ証券が重視して、こだわったのは「グローバル規模で取引所との低遅延接続サービスを提供できるかどうか」(フィリップ証券の邵柳林取締役CIO)であった。
この背景には、フィリップ証券がシンガポール最大手級のフィリップキャピタルグループに属しており、アジアを中心に世界各地に有力顧客を抱えているグローバルカンパニーグループであることが挙げられる。国内取引所との低遅延接続サービスを提供しているITベンダーはあっても、アジア全域ならびに欧米主要市場をカバーし得るネットワークとDCサービス網を構築しているベンダーは限られる。こうして絞り込んだITパートナーが、DCサービス大手のKVHだった。
低遅延ネットで国内外を結ぶ
KVHは米フィデリティ・インベストメンツグループのDCサービスベンダーで、日本に本社を置きながら、シンガポールや香港、韓国などアジアを中心にDCを展開。さらに世界の主要な金融都市を結ぶ独自のネットワークを構築している。フィリップ証券からみれば、シンガポールの親会社や米シカゴにある海外法人から日本のKVHが提供する「プロキシミティサービス」を利用しやすい。国内だけの顧客では伸びしろが限られるので、フィリップ証券が属するフィリップキャピタルグループのグローバルネットワークを生かした営業を重要視している。
グローバルITサービスに強みをもつKVHは、フィリップ証券のこうした課題や問題意識を敏感に感じ取り、「国内外の事業所間をKVHが提供する低遅延回線で接続可能である」(KVHの松本大輔・金融統括営業部長)ことを重点的に提案した。また、「金融業界特有の高頻度取引やプロキシミティサービスの仕組みを熟知している強みをアピールした」(KVHの内山豊・金融営業部シニアアカウントエグゼクティブ)ことによって、フィリップ証券はKVHの金融向けDCサービスの採用を決定した。そして、高頻度取引が欠かせない金融派生商品を本格的に手がけ始めた2011年3月までにシステムを本稼働させた。
具体的には、KVHのDC内にフィリップ証券のDCを開設し、KVHが提供する大証やTOCOMへ「プロキシミティサービス」を利用する。さらに国内外の取引所と低遅延で接続するKVHのネットワークを活用することで、海外グループ会社からも利用しやすくするというものだ。KVHは金融分野で多くの実績をもっており、例えば東京証券取引所の取引参加者全体のうちの76%、外資系企業に限ると96%のシェアをもつ。それだけに、金融業特有の業務内容やITシステムに関するノウハウの蓄積も豊富だ。
金融業特有の高頻度取引システムと、アジアを中心とするグローバル規模で展開するDCやネットワークインフラ、金融に精通したKVHの業種・業務知識の三点を活用することで、フィリップ証券は課題を解決した。(安藤章司)