広告代理店、デザイン・設計事務所、マスコミなど、クリエイティブな業務を伴うプロジェクトの損益を、リアルタイムかつ正確に管理・分析するのは至難の業だ。これらの業種では、そもそもこうした発想があまりないといえるかもしれない。建築設計事務所・建設コンサルタントのINA新建築研究所(片桐裕明社長)は、リーマン・ショックを機に収益体質の抜本的な見直しに取り組み、この難題に挑んだ。
【今回の事例内容】
<導入機関> INA新建築研究所公共施設や商業施設などから、都市計画、環境アセスメントまで幅広い案件を手がける建設設計事務所/建設コンサルタント。社員数は270人
<決断した人> INA新建築研究所 中根恭・統括管理部長総合商社などを経て、2007年INA新建築研究所に入社。人事、総務、経理、財務など、バックオフィス系部門を統括する
<課題>プロジェクト管理が不十分で収益体質がぜい弱だった
<対策>労務費、外注費、販売管理費を主な原価とするサービス業に特化したプロジェクト管理システムを導入
<効果>お金の動きと合わせてプロジェクトの進捗をリアルタイムで可視化できるようになり、キャッシュフローも明確になった
<今回の事例から学ぶポイント>業態に合ったソリューションを選ぶことで、現状の正確な把握と分析ができ、業務改善につなげることができる
設計の原価をどう見積もるか
大規模な公共施設や商業施設、集合住宅の設計から、都市計画、環境アセスメントといったさらに上流の工程まで、大型プロジェクトを数多く手がけるINA新建築研究所。多くの企業と同様に、リーマン・ショックの影響から逃れることはできず、数年前には一時的な受注案件の減少に苦しんだ。
そこで、当時の経営トップが収益体質の強化を全社の重要課題に掲げ、プロジェクトごとの損益をリアルタイムで管理しながら、最終的な収益をマネジメントできるシステムの導入を検討することになった。人事、総務、経理、財務など、バックオフィス系の部門を統括する中根恭・統括管理部長は、「設計料が本当に妥当なのかという根本的な問題はもちろん、学校、医療福祉施設、商業施設、集合住宅などのジャンル(事業セグメント)別に適正な利益率になっているのかどうかを測るシステムを導入したかった」と説明する。
ただし、製造業や流通業などとは違い、設計のプロジェクトは建築士の労務費が原価の大半を占める。成果は設計図というかたちで納品するが、売っているのは設計者一人ひとりの知識やアイデア、技術だ。そのため、プロジェクトごとの原価をどう見積もるかが難しい。さらに、工期が長期間に及ぶので、プロジェクトの収益をマネジメントするには、プロジェクトの途中で予算の執行状況を随時把握する必要もあった。中根部長は、「当初は社内の情報システム部門でそういったシステムを独自につくろうとしたが、到底無理な話だった」と苦笑混じりに振り返る。
内製を諦め、パッケージソフトの導入に舵を切った後、中根部長はニーズを満たす製品を探して情報収集の日々を送ることになる。そんななか、展示会で出会い、採用に至ったのが、オロのクラウドERP「ZAC Enterprise」だった。労務費、さらには外注費、販売管理費を主な原価とする広告業やコンサルティング業などのサービス業に特化したプロジェクト管理機能をもつ、ユニークなパッケージだ。財務会計や人事給与のモジュールはなく、ユーザーの既存業務システムとフレキシブルに連携できるのも特徴だ。
リアルタイムのプロジェクト管理
中根部長は、「当社のような業態に特化した経営管理システムという点が最大の魅力だった。また、会計システムや人事給与システムはそれぞれ個別のソフトを導入しており、リプレースサイクルも異なるので、ベンダーロックインを避けながらこうした既存システムと柔軟に連携できる点も高く評価した」と話す。さらに、「東日本大震災以降、BCPやDRの観点から基幹業務システムをオンプレミスでもつことを不安視していたので、『ZAC Enterprise』がクラウドパッケージであることは導入の大きなファクターになった」(中根部長)という。
本格的に運用を開始したのは、2012年の10月。同社は9月が決算月なので、すでに通期で使ったことになる。導入後、案件をいつ受注して、どのタイミングで納品し、いくらの入金がいつ発生するか、さらには外注先への支払いはいつかなど、お金の動きと合わせてプロジェクトの進捗をリアルタイムで可視化できるようになった。中根部長は、「進行中のプロジェクトの収益構造を、そこに至るプロセスも含めて把握、分析できるようになったのは大きい。会計システムだけでは見えづらかったキャッシュフローもわかりやすくなり、管理会計の実現にも近づいている」と、手応えを語る。
決算を終えた今年10月、同社は全管理職が集う会議で、「ZAC Enterprise」のデータを基に、リソースの配置、売り上げ、利益などを総合的に分析した事業セグメントごとの「効率性」を発表した。各部門長は、歓喜する人と顔が青ざめる人にはっきり分かれたという。「目の前にデータを突きつけられたことで、プロジェクトごとの予算の立て方を工夫しながら、業務改善をするしかないという気運が全社で高まっている。これを全社の収益体質改善につなげたい」と、中根部長は意気込んでいる。(本多和幸)