日系IT企業の中国での展開は、上海や北京などの沿岸部を中心とするオフショア開発によって進んできた。しかし、最近は沿岸部の経済が成長し、IT人材の人件費が高騰している。コスト競争力を求める日系IT企業は、西安や成都、武漢、重慶などの内陸部をオフショア開発の新たな受け皿として注目している。対日オフショア開発で隆盛を極めた遼寧省の大連も、この流れは共通している。同じ遼寧省の瀋陽市と丹東市、さらには吉林省の長春市、延辺朝鮮族自治州を現地取材し、新たな対日オフショア開発の受け皿としてのポテンシャルと、情報サービス産業の現状を追った。(取材・文/佐相彰彦、真鍋武)
転換期にさしかかる対日オフショア開発
主要地域から他地域への分散が顕著
●上昇する大連のコスト
遼寧省の大連市は、これまで対日オフショア開発の主要拠点として活用されてきた。その成果もあって、2011年の大連のIT産業売上高は、02年比で約30倍となる705.6億元まで成長している(2012年、『大連ソフトウェア・情報技術サービス業発展報告』)。しかし、産業の成長には、人件費の上昇が避けては通れない。大連市人力資源社会保障局によると、11年の大連の在職者平均月間給与は4144元。07年比で約1.7倍に高騰している。さらに、不動産価格や物価が上昇してきた。コストが上昇すれば、ソフト開発企業としては、利益を捻出しにくくなる。円安も追い打ちをかけており、日系大手ITベンダーの幹部からは、「オフショア開発として海外に発注するよりも、国内の地方IT企業に発注するほうがコストメリットがある」という意見も散見されるようになってきた。日中間の政治的な衝突も相まって、2013年は大手ITベンダーが新規投資を東南アジアにシフトする動きも顕著になっている。日系IT企業にとって、中国でのオフショア開発は、今まさに転換期にさしかかっているといえる。
近年注目されているのが、人件費が安い内陸部の西安や武漢、重慶、成都などを新たなソフト開発の受け皿として活用することだ。例えば、ソフトウェアパークを運営する大連軟件園(DLSP)は、これまで培ってきたノウハウを武漢の「武漢光谷軟件園」の運営に活用し、対日オフショアの新たな受け皿にしようとしている。大連を対日オフショアの営業窓口とする一方で、実際の開発を他地域へ分散し、開発コストを抑制する体制を整備しようとしているのだ。
●“第二の大連”の可能性
大連と同じ東北部には、オフショア開発の新たな拠点“第二の大連”となる可能性を秘めた地域がある。というのも、東北部の主要地域のほとんどは、大連と比較してコスト競争力が高いからだ。そして、日本語を話す人材も多い。12年に中国で日本語能力試験を受験した人数のうち、21.9%が東北部での受験者となっている(日本語能力試験)。ジェトロ大連事務所によると、東北三省には日本語専攻がある大学・専門学校の数が多く、全体で約3万2000人の学生が日本語を専攻しているという。コスト競争力が高く、日本語を話す人材が豊富であれば、日系IT企業が拠点を設けたり、現地パートナー企業にアウトソーシングしたりするメリットは大きい。
そこで、遼寧省の省都である瀋陽、北朝鮮との国境にある丹東、吉林省の省都である長春、延辺朝鮮族自治州を訪ねて、IT産業の実際を取材した。次項からはその詳細をレポートする。
写真で見る中国東北部
●遼寧省・瀋陽市

遼寧省の省都だけあって都市化が進んでいる。タクシーで街を移動していると、いたるところに高級ブランドショップのモールや看板が目に飛び込んでくる(左)。IT産業規模も大きいので、ソフトウェアパークも多い
●遼寧省・丹東市

丹東市は鴨緑江を挟む北朝鮮との国境地帯。中国と北朝鮮との物流の7割を賄っているという(左上)。現在、北朝鮮と丹東市を結ぶ新たな橋を建設中(下)で、その近辺には新たなビルが続々と建設されている
●吉林省・長春市

冬は氷点下となる長春だが、中心部は夜でもクルマの交通量が多く(左)、繁華街は多くの人で賑わっている
●吉林省・延辺朝鮮属自治州

盆地の延辺(左上)は冬こそ寒いが、春から夏にかけては過ごしやすい。中心部では、すべての店舗が中国語と韓国語で店名を記している(左下)。朝食はご飯とチゲ、漬物と日本人にとって親しみやすいメニューだ
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