NEC(遠藤信博社長)と独SAPは、グローバルで新たな協業契約を結んだ。NECが、ASEAN地域6か国向けにSAPのクラウドERP「Business ByDesign」を独自にローカライズし、今年5月から、「NEC Global Localization Package for SAP Business ByDesign」として販売する。「Business ByDesign」は、SAPのクラウド戦略の中核を成すアプリケーションだが、この協業により、NECは、ASEAN6か国での「Business ByDesign」の販売・導入を、実質的に独占することになる。昨年5月に発表した中期経営計画で、「アジアへの注力」を柱の一つに掲げた同社にとって、グローバルビジネスを伸ばすうえで大きな一手になる。(本多和幸)
グローバルでも異例の契約
SAPジャパン(安斎富太郎社長)は、昨年11月、「Business ByDesign」の日本版を市場に投入し、ERP市場全体に大きなインパクトを与えた。ただ、「Business ByDesign」は世界で約1100社の導入実績があるが、ローカライズされている国は、現在のところ17か国にとどまっている。アジアでは日本、中国、インドだけだ。SAPジャパンは、当面の主な顧客対象を「グローバル企業の中小規模拠点」と位置づけていたものの、今や日本企業の海外進出先としてメインストリームになったASEAN地域には対応していなかった。
NECが、「NEC Global Localization Package for SAP Business ByDesign」を展開するのは、シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナムの6か国だ。この協業は、SAPにとっては、「Business ByDesign」を日本企業の海外進出トレンドに対して網羅的に対応できる商材にするための施策となる。一方、NECにとっても、ASEAN地域でのビジネスを成長させる起爆剤になり得る。現時点では、ユーザー企業がこれらの6か国の拠点に「Business ByDesign」を導入する場合、対応製品が「NEC Global Localization Package for SAP Business ByDesign」しか存在しないので、実質的にはNECが「Business ByDesign」のビジネスを独占することになるからだ。ちなみに、こうした協業契約をSAPと結んでいるのは、グローバルでみてもNECだけだという。
自社へのSAP導入でノウハウ蓄積
両社の本格的な協業の起点は、2007年にある。NECがSAPジャパンと戦略パートナー契約を結び、中国・東南アジア圏で500人規模のSAP事業要員を整備したことがきっかけだ。2009年には、自社の基幹システムをSAP製品で全面刷新し、独自に構築したクラウド基盤を使って運用している。さらには2010年、そのノウハウを活用して、世界で初めて「SAP ERP」のクラウドサービスの提供も開始した。
NEC エンタープライズ共通ソリューション開発本部の曽根田雄一 SAPコンサルティンググループシニアマネージャーは、「クラウド型でのSAPのライセンス提供をグローバルレベルで展開し、ユーザー数や適用するモジュールに制限がないのは当社だけ。また、とくに東南アジアでは、現地法人がSAPの中堅中小企業向けERP『SAP Business One』などを積極的に売ってきた」と、今回の協業に至るしっかりとした基礎があったことを強調する。また、SAPジャパンも、「これまでのSAPとNECの提携関係や、東南アジアでのNECのソリューション提供実績・ノウハウを評価」したことが、「Business ByDesign」の東南アジア地域への展開に向けて、NECをパートナーに選んだ理由だと説明している。
目標の上方修正も
「Business ByDesign」をASEAN6か国の法制度や商慣習に対応させるローカライズのための開発作業は、NECのSAPコンサルティンググループが30~50人体制で進める。曽根田シニアマネージャーは、「SAPに限らず、現地の制度対応ノウハウは豊富に蓄積している」と、自信をみせる。

曽根田雄一
シニアマネージャー 「NEC Global Localization Package for SAP Business ByDesign」の販売は、基本的にNECが直販し、現地法人を通じて導入・サポートすることになる。SAPグループも現地での営業に協力するが、他ベンダーが再販するビジネスモデルは計画していない。ただ、「希望があれば、ユーザーのSI子会社などに卸す可能性はある。少なくとも、独立系SIerに再販してもらうことは現時点で考えていないが、販路を広げる必要があると判断したら検討することはあり得る」(曽根田シニアマネージャー)と、将来的な再販モデルの可能性を否定しない。
NECは、「NEC Global Localization Package for SAP Business ByDesign」のリリース後、3年間で300拠点への納入と売り上げ50億円を目指す。ただ、今回の協業発表後、2日間で数十件の問い合わせが殺到し、想定よりも多くの引き合いがあったことから、目標を上方修正する方針だ。曽根田シニアマネージャーは、「もともと製造業をメインターゲットとして考えていたが、予想以上に流通業、商社、ノンバンク系の金融機関などから引き合いが出てきた。製造ラインをもたないこうした業種は、カスタマイズのニーズも低く、ERPとしてオールマイティな機能をもつ『Business ByDesign』に魅力を感じているようだ。クラウドなのでIT資産を保有する必要がなく、手軽に導入でき、仮に現地での事業が失敗しても簡単に撤収できるというのも大きな利点になる」と話す。
さらに、製造業などで「SAP Business One」を導入している拠点でも、「Business ByDesign」へのリプレース需要が顕在化しそうだとみている。「『SAP Business One』のユーザーからは、日本からの統制を効かせるという点で、ほしいタイミングでデータが上がってこないなど、不満が聞かれることもあった。クラウドERPの『Business ByDesign』には、本社のSAP ERPとスムーズに連携できるという利点もあるので、ユーザーへの訴求ポイントになっている」(曽根田シニアマネージャー)。
また、目標導入数である300拠点の内訳は、日本企業の海外拠点が7割、ローカル企業が3割程度を想定していたが、これについても、ローカル企業の割合が上がる可能性がある。現地企業からの問い合わせがすでにあり、具体的な商談まで進んだ案件も出てきた。1月16日にシンガポールで開催した「NEC Innovative Solution Fair 2014」でも大きな反響があり、現地法人の意気も上がっている。
表層深層
ソフトウェアへのシフトとグローバルビジネスの成長を目指すNEC、そしてクラウドソリューションの拡大を図るSAPという、両社の思惑が一致したことで実現した協業だが、そのメリットは双方にとって大きいものとなる。
NECは、日本企業の海外拠点向けというニーズで注目度の高い「Business ByDesign」を、ASEAN6か国というホットな地域で独占的に展開できる。基幹系のシステムは、周辺のIT投資を促進するので、同社のグローバルビジネスそのものへの好影響が期待できる。
SAPも、「Business ByDesign」日本版の発表当初は、「ASEANには日本企業が早くから進出していて、拠点にはすでに何かしらのシステムがある。『ByDesign』が狙うのはそのリプレースではない」としていたが、やはり日本のユーザーのニーズを考えれば、ASEANをカバーした意義は大きいだろう。
NEC社内では、とくに営業部隊から「NEC Global Localization Package for SAP Business ByDesign」を歓迎する声が大きいという。ユーザーへの提案で、他社との明確な差異を打ち出すことができる商材だからだ。現地法人も含めて、販売の現場のモチベーションが上がっているビジネス。成功の可能性を感じさせる。