メンタルヘルス(心の健康)市場へのITベンダーの参入が本格化している。各社は、2014年中に国が企業に対して社員のメンタルヘルス診断を義務づける可能性が高まっていることを見込んで、データセンター(DC)や解析ツールなど、ITを活用して精神状態を見える化するサービスを投入。これまで非IT系のプレーヤーが独占してきたメンタルヘルス市場を、ITならではの武器を揃えて開拓しようとしている。ベンダー各社が企業や自治体への提案活動に取り組み、近々、ITでうつ病を防ぐ時代が到来しそうだ。(ゼンフ ミシャ)
メンタル不調を数値で示す
ICT(情報通信技術)構築を手がけるNECネッツエスアイは、今年1月、ウェブ上でメンタルヘルスの診断ができるサービス「めんたるさっち」を発売した。企業の従業員や自治体の職員がアンケート形式で労働環境や自分の性格についての問診を受け、解析ツールを使って、うつ病につながる「メンタル不調」の度合いを数値で示す仕組みだ。数値が特定の値に達した場合は、NECネッツエスアイのコールセンターから上司に報告し、カウンセラーが対策について電話でアドバイスする。
「めんたるさっち」を担当する貴田剛グループマネージャー(ネットワークサービス事業本部 キャリア販売推進本部 ソリューションビジネス企画グループ)は、「自社のコールセンターを活用してアドバイスを行うのがキモ」と、サービスの強みを強調。NECネッツエスアイは、2013年にコールセンター事業のキューアンドエーを連結会社化し、手に入れたリソースを今回のサービスに生かす。
ターゲットに据えているのは、自社でメンタル不調を防ぐ対策が手薄な従業員1000人以下の中堅・中小企業(SMB)だ。これまでPBX(構内交換機)事業で築いてきた3000社以上のユーザー企業の総務部門とのパイプを活用して、クラウド型のため低価格で人事・総務部門の予算でも導入しやすい「めんたるさっち」を提案していく。今後3年間で3億円の売り上げを目指し、3年後からは毎年100社の勢いでユーザー企業を増やす構想だ。
500億円の市場を狙う

NECネッツエスアイ
貴田剛
グループマネージャー NECネッツエスアイがこのタイミングで「めんたるさっち」を投入した背景には、うつ病の予防に懸命になっている厚生労働省の動きがある。厚生労働省は、うつ病による休職・退職や自殺が増大傾向にあるとみて、うつ病を、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病に加えて「五大疾病」と位置づけている。そして、労働環境に原因があることが多いとされるうつ病を早期発見するために、「労働安全衛生法の一部を改正する法律案」の一環として、企業にメンタルヘルス診断を義務づけようとしている。
NECネッツエスアイの貴田グループマネージャーは、「今年中に義務化が決まれば、メンタルヘルス支援サービスの市場は現在の約50億円から、その10倍にも拡大する可能性が高い」と分析し、「めんたるさっち」の展開に力を入れることによって、商機をつかもうとしている。

日立システムズ
松原孝之
主任技師 他のITベンダーも市場開拓を目指して、動きを活発化している。2013年2月に、自律神経の状態を測定する「疲労・ストレス検診システム」を発売した日立システムズは、機能を追加するなど、このシステムの展開を強化する取り組みを進めている。「疲労・ストレス検診システム」は、疲労科学研究所が開発した自律神経測定器を用いて、疲労やストレスを客観的に測るものだ。もともと日立システムズの東北支社が東日本大震災の被災地の住民に向けた支援サービスとして開発したものだが、ここにきて企業向け展開も本格化する。
左右の人差し指を測定器に入れると、心電波と脈波が計測されて、精神的な疲労の度合いがわかる。日立システムズはDCを活用してデータを解析し、「正常」や「注意」「要注意」など、瞬時に結果を返すことで、メンタル不調の早期発見を可能にする。東日本事業企画本部 事業開発グループの松原孝之主任技師は、「問診だけだと、受診者があいまいな回答をしたり、実態と異なる回答をしたりするので、適切な診断を下すことができないケースが多い。だから、精神状態を客観的に把握することができるデータを提供することが重要」と説明する。
動画で効率向上案を提示

オーシャンブリッジ
持木隆介
社長 「疲労・ストレス検診システム」を利用する企業は、現在、約30社とまだ少ない。そこで、5月をめどに問診機能を新たに盛り込んで、精神状態を「客観」と「主観」の両方によってより正確にわかるようにする。機能の付加によって、本格的な販売拡大に結びつける狙いだ。今後、企業や自治体に提案するほか、ドラッグストアやフィットネスクラブに設置し、疲労度の測定を踏まえてサプリメントを勧めたり、運動メニューを組んだりするという活用シーンも訴求。ターゲットを広く設定し、2015年3月までに累計60億円の売り上げを目指す。
メンタルヘルス支援サービスの市場に参入するITベンチャー企業も現れている。これまで海外製のソフトウェアを国内販売してきたオーシャンブリッジが、今年の秋頃にうつ病を防ぐためのサービスを発売し、ビジネスの新しい柱をつくろうとしている。

心電波と脈波を測り、瞬時に疲れの度合いを可視化 オーシャンブリッジは、英エクセター大学と東京大学が開発した「eラーニングのようなコースをクラウド基盤に乗せて、ITサービスとして」(持木隆介社長)提供する。ウェブ上のアンケートで仕事の進め方などを診断し、「こんな場合はこうしよう」と、動画を交えて仕事の効率向上案を提示することによって、疲労やストレスの減少を目指す。今年の10月にサービスインし、企業の人事・総務部門に提案していく。売上目標はこれから設定するが、持木社長は「昨年、このサービスを紹介するセミナーに企業の関係者など300人以上が参加し、高い関心を示してくれた」と、ニーズに確かな手応えを感じているという。
表層深層
年に一回、健康診断を受けるのと同じ感覚で、メンタルヘルスを定期的にチェックする──。厚生労働省によると、国内のうつ病の患者数は、1996年の43.3万人から2008年には104.1万人に増加した。企業にとって、休職や退職につながりかねない社員のうつ病をいかに防ぐかが大きな課題となる。大企業では、自社でメンタルヘルスの診断システムを開発しているケースもあるが、中堅・中小企業は、ITベンダーが提供するサービスに対する需要が旺盛と考えられる。
社員の精神状態を見える化するサービスは、デリケートな情報を扱うことから、提案は慎重に行う必要がある。ポイントは、メンタルヘルス支援サービスを、今後、人事管理システムや電子カルテなど、ほかの情報システムと連携し、広い範囲でのデータ活用によって社員の心の健康をサポートすることだ。システムの精度の向上や個人情報の扱いなど、課題はまだまだ多い。しかし、メンタルヘルスの維持については、確実にITに関連するニーズがあると見込まれるので、新しいビジネスになる可能性が大きい。