大手ITベンダーは、電力をはじめとするエネルギー小売りを手がける企業に向けたビジネスに本腰を入れる。電力小売市場の自由化によって、2016年以降は一般家庭や商店などのユーザーが電力会社を選択できるようになる。これによって、電力小売会社間の競争が激化する可能性が高い。そうしたなかにあって、ITベンダーは情報システムを前面に出して訴求し、既存の電力会社と市場に新規参入する企業に向けた提案活動に力を注ぐ。(ゼンフ ミシャ)
7.5兆円の争奪戦は「ITを武器にして」
電力の安定供給や電気料金の抑制を目指し、国は2016年に電力小売事業への参入を全面自由化する。これによって、一般家庭や商店・事業所が「どの会社から電力を買うか」を選ぶことができるようになる。資源エネルギー庁は、自由化によって生まれる市場の規模を7.5兆円とみており、自社で発電所を新設し、電力の販売に乗り出す異業種プレーヤーが多くなると見込んでいる。
最近も、ソフトバンクなど通信会社や石油元売を手がけるJX日鉱日石エネルギーなど、電力以外のエネルギー事業会社が、家庭向けの電力小売りに取り組んでいくことを表明している。相次ぐ新規参入で激化するユーザーの奪い合い──。これまで安定していた電力小売市場の変動にどう立ち向かうのか。既存の電力会社は、再生可能エネルギーの活用で電気料金を引き下げるなどで競争力を高めようとしている。一方、新規参入する企業は、まずは電力小売りのノウハウを身につけようと懸命に取り組んでいる。
こうした情勢を、ITベンダーは大きな商機と捉えている。ITを活用して、情報システムを武器に競争を勝ち抜くという提案活動に力を注ぎ、電力小売会社向けの事業展開を本格化する動きが活発になってきている。
クラウドで不採算案件を防ぐ
日立製作所と日立システムズは、今年3月、エネルギー業界向けのICT(情報通信技術)サービスを提供する日立システムズパワーサービスを立ち上げた。日立が東京電力と提携し、東京電力グループでシステム開発を手がけてきたテプコシステムズを分割して新設した会社だ。日立システムズが筆頭株主になり、従業員は723人。今後、日立の技術力を生かし、東京電力以外の電力小売会社にもシステムの構築や運用を提案する。既存の電力会社とITベンダーが力を合わせることによって、電力産業の自由化を成長につなげる先行事例となりそうだ。
アクセンチュアは、3月に電力・ガスの小売会社を支援するクラウドサービス群を発表した。それとともに、同社の各本部と連動して提案活動を行うおよそ30人の専門部隊を組織した。ITコンサルティングを主要な商材とするアクセンチュアとしては珍しく、クラウドサービスという自社のアセット(資産)を用意し、さらには、ヒトに積極的に投資する。売上目標は明確にしていないが、アクセンチュアの動きからは、電力小売会社向けIT市場の開拓に相当の期待を寄せていることがうかがえる。
電力小売会社向けビジネスを展開する際のポイントは、クラウドでの提供だ。とくに新規参入の企業は、電力小売りの経験が乏しいので、失敗して事業から撤退するリスクがある。その点、ITベンダーにとってクラウドは、途中で打ち切られたりするオンプレミス型構築などの不採算案件の発生を防ぐ策になるわけだ。
ユーザー側にも、クラウドを求める動きが高まっているようだ。発電・需要予測や運転制御、料金計算などの機能を盛り込むエネルギー管理システム(EMS)を開発している富士通は「『クラウド型で提供してほしい』というリクエストが多い」(スマートシティ・エネルギー推進本部の市村富保シニアディレクター)ということから、オンプレミスのほかに、クラウドでの提供も進めている。2015年3月をめどに発売する。
2016年から電力小売りの市場に新規参入する企業は、単なる電力販売ではなく、自社の製品・サービスに「電気」を組み合わせることで付加価値を高める、という切り口で事業を展開するケースが多くなると思われる。

富士通
市村富保
シニアディレクター 富士通は、不動産事業のレオパレス21にシステムを提供し、レオパレス21が運営するマンションなどに備えたソーラーパネルを監視したり、故障を予測したりする実証実験を行っている。レオパレス21が、太陽光発電を活用した電力販売を材料にして、エコを重視する人などに同社のマンションをアピールし、富士通が後方で安定した電力供給をITでサポートするという仕組みだ。富士通は今年中に製品化を急ぎ、横展開に取り組む。ほかにもポートフォリオを揃えながら、電力小売会社向け事業で「2020年までに500億円の売り上げを目指す」(市村シニアディレクター)という。
電力産業の自由化は、IT業界に特需をもたらす可能性が高い。ITベンダーにとっては、久しぶりに訪れるビッグチャンスになるだろう。商材開発や組織づくり、提案活動に早めに取り組みたいものだ。