福島県を地盤として、東北地方第2位の規模を誇る地方銀行である東邦銀行は、東日本大震災後、復旧・復興に向けて、多くの顧客のニーズにきめ細かく応えるべく、渉外業務の強化を図っている。具体的には、タブレット端末を導入してコンサルティング営業の充実に取り組む方針を掲げたが、信用が第一の金融機関にとって、情報漏えいなどは致命的な不祥事になりかねない。そこで、セキュリティには万全を期しながら、タブレット端末の利便性を損ねないシステム構築という難題に挑戦することになった。
【今回の事例内容】
<導入企業> 東邦銀行福島県福島市に本店を置き、東北2位の規模を誇る地方銀行
<決断した人> システム部システム企画課 審議役 長谷川秀治氏長年行内の情報システム部門でシステム構築・運用に携わる。今回のシンクライアントシステム導入も主導した
<課題>渉外業務を強化するためにタブレット端末の導入を検討。セキュリティと利便性を両立するシステムを探していた
<対策>DaaSシステムを導入するとともに、モバイルプリンタ対応の独自の印刷機能を実装
<効果>渉外業務が効率化され、顧客が希望する情報や書類をいつでもその場で用意できるようになった
<今回の事例から学ぶポイント>仮想デスクトップ環境をサービスとして導入したことが、コストを抑えながらセキュアで利便性の高いシステムを構築することができた理由
コンサル営業の重要性が増す
東邦銀行は、従来、渉外業務に専用機のハンディターミナルを活用していた。訪問先で現金や通帳を顧客から預かる際に、預かり証を発行する機能がメインで、金利の計算機能なども付いていた。しかし近年、顧客のニーズが多様化したことを踏まえて、渉外業務でコンサルティング営業を重視する方針を打ち出した。システム部システム企画課審議役の長谷川秀治氏は、「従来のハンディターミナルは、丈夫だし、外出先での事務のサポート用にはすぐれた端末だったが、営業活動の高度化という観点では物足りなかった。そこで、タブレット端末を導入しようと考えた」と説明する。
ただし、タブレット端末から無条件に社内システムにアクセスできるようにするわけにはいかない。金融機関のシステムは、情報セキュリティが何よりも重要だからだ。そこで、行内システム側からすべての端末を完全にコントロールできるシンクライアントシステムを導入することを決断した。
2012年の前半に情報収集に着手し、その後いくつかのベンダーの提案を俎上に乗せて選定を進め、2012年後半にシステムを決定した。選定にあたっては、セキュリティを確保できることはもちろんのこと、事業環境の変化に対応して柔軟で確実な運用ができるかどうかという点も重視。その結果、シンクライアント環境の導入から運用までをサービスとして提供する富士通のDaaS(仮想デスクトップサービス)を採用することになった。
DaaSサーバーは行内に
DaaSを採用した新たなシステムは、行内の既存のCRMシステムや文書管理システムのほか、今回専用に開発した渉外業務向けの機能も合わせて、タブレット端末から利用できるようにした。DaaSのサーバー群は東邦銀行のシステムセンター内に設置しているが、これはあくまでもサービスを提供する富士通のサーバーで、富士通が遠隔地のサービス運用センターから24時間365日運用・監視している。行内システムのデータ処理は内部で行いたいという東邦銀行の要望に富士通が応えた結果だ。
他社の提案のなかには、独自に仮想環境を構築するというものもあったが、「システム構築そのものにイニシャルコストがかかりすぎるし、自社で運用ノウハウを蓄積するのもさらにお金と時間がかかる。一方で富士通のDaaSは、高度なノウハウをもつ大手ベンダーが運用してくれるという部分がポイントで、システム運用負荷を軽減するという効果以上に、当行のお客様にとっての安全性、信頼性を確保できる点が大きかった」(長谷川審議役)という。
モバイル印刷の機能も付加
渉外業務向けの機能としては、モバイルプリンタで印刷ができる機能を付加しており、これは国内の銀行では初めての例だという。しかし、この機能を実用レベルに仕上げるまでには紆余曲折があった。長谷川審議役は、「印刷する場合、セキュリティを確保するためには、タブレット端末側にデータを残さないようにしなければならないが、DaaSのサーバーをプリンタサーバーとして使うと、印刷が極端に遅くなってしまうという課題があった」という。そこで、富士通の協力を得て、データとオーバーレイを組み合わせてセキュアかつ高速な印刷を実現する仕組みを構築した。これにより、「必要な書類をお渡しする際に、お客様を待たせてご迷惑をおかけする心配がなくなった」(長谷川審議役)。
システムの本格的な運用は、今年2月に始まったばかり。3月末までに、全店合計で約1000台のタブレット端末を配備した。従来のハンディターミナルより軽いタブレット端末で、金融商品の紹介・提案から申し込み手続きまで、訪問先で対応できる利便性は現場にも好評だ。長谷川審議役も、「強固なセキュリティと簡単な操作性を両立させるのは難しい命題だったが、ある程度成功した」と手応えを感じている。今後は、行内の基幹システムと連携させなくても使用できる営業に役立つアプリケーションを、タブレット端末に順次実装していく。また、今回のDaaS導入で得られた端末の仮想化ノウハウを、「行内システム全体の運用に生かしたい」(長谷川審議役)としている。(本多和幸)