産業経済(産経)新聞社グループでデジタル事業を手がける産経デジタルは、電子新聞のプラットフォームとしてSlow-Walkers(スローウォーカーズ)のクラウド型サービスを採用した。同社は2008年、新聞業界に先駆けて電子新聞の配信を始めたことで有名だが、広告配信システムなどの使い勝手の部分で課題があり、Slow-Walkersのクラウド型の電子新聞サービスに切り替えた。電子新聞は紙媒体のレイアウトをそのまま継承しているのが最大の特徴だが、広告配信の部分は“紙と同一”というわけにはいかなかった。
【今回の事例内容】
<導入企業> 産経デジタル産業経済新聞社のデジタル事業会社。産経新聞グループの媒体ウェブサイトの運営やポータルサイト、モバイル端末などへのニュースコンテンツの配信を手がけている
<決断した人> 情報システム部部長
藤岡高広 氏大手ITベンダーやソフトハウスなどでキャリアを積んできた。情報サービス業界の事情を知り尽くした上で、今はユーザーの立場で電子新聞事業に取り組む
<課題>電子新聞のシステム開発が、ネット環境の変化に間に合わない課題を抱えてきた。新聞業界で最先端を突き進むだけに前例もない
<対策>意欲があり、才能もあるプログラマを見つけて、実質的な共同開発によって開発スピードを倍加させた
<効果>購読料と並んで収益の柱である広告配信の最適化により、クリック率を大幅に高めた
<今回の事例から学ぶポイント>ソフトウェアのすぐれたアルゴリズムは、100人の秀才よりも1人の天才によって成し遂げられる
“天才プログラマ”を指名

Slow-Walkers
竹尾然生
代表取締役 産経デジタルは産経新聞の“電子新聞版”のシステムで課題を抱えていた。スマートフォンやタブレット端末の進化によって電子新聞を閲覧する環境は刻一刻と変化している。こうした変化に対応したくても、開発スピードが追いつかない状態が続いていた。同社の藤岡高広・情報システム部部長は「電子新聞のプラットフォームを刷新する必要性」を感じており、当時、産経デジタルに出入りしていたソフト開発技術者の一人、竹尾然生氏に相談を持ちかけた。竹尾氏は広告配信システムの開発・構築を15年余り手がけているベテラン技術者で、紙や電子の新聞と通常のウェブ媒体の広告配信の特性が異なることもよく知っていた。
新聞社の経営にとって、購読料と広告料は収入の太い柱である。産経新聞の電子新聞を閲覧するスマートデバイス向けアプリは、2014年3月末時点で670万ダウンロードに達しており、有料購読者も着実に増えている。これに伴って電子新聞向けの広告出稿も伸びているが、「今以上に伸ばすには広告配信のプラットフォームそのものを刷新しなければならない」(藤岡部長)と判断。竹尾氏が立ち上げた会社のSlow-Walkersと二人三脚で開発に取り組み、2013年1月に新システムの本稼働にこぎ着けた。
これまで電子新聞のシステム開発を依頼していたITベンダーは、Slow-Walkersと同じくベンチャー企業であった。ベンチャーに依頼して思うようにいかなかったにもかかわらず、なぜまた次のベンダーもベンチャーを選んだのか。藤岡部長は、大手ITベンダーに勤務していた経験から、「大手なら安心して任せられることを理解したうえで、しかし、ことネットビジネスに関しては天才的な一人のプログラマが成否を決する」と判断した。そして、大手は高水準なスキルをもつ人材を均質に揃えてはいるが、ずば抜けた人材を指名することはできない。であるなら、自分の目で見つけた“天才プログラマ”を指名して、実質的な共同開発を行う手法をとったほうがいいと決断したわけだ。
ターゲティング広告を重視
紙の新聞と電子新聞の広告は、クリエイティブ(広告原稿)を共有できないケースも少なくない。タレントなどが登場する広告では、事務所の方針でネット露出ができないこともあり、さらにネット広告は「クリック報酬型」が主流を占め、クライアントからクリック数を求められることが多いからだ。
クリック率を高めるには、読者の年齢や性別、住んでいる地域などを絞り込んだターゲティング広告が有効とされている。しかし、電子新聞の場合、新聞形式のレイアウトなので、「面指定」での出稿や、出稿主のライバル記事と同じ面を避けるなど、通常のウェブ媒体のように「ターゲティングだけを基準にして広告枠へ広告を配信するアルゴリズムでは立ち行かない複雑さがある」と、Slow-Walkersの竹尾代表取締役は判断した。こうした新聞レイアウトの事情を踏まえたうえで、Slow-Walkersでは独自の広告配信アルゴリズムを開発。さらには、スマートデバイスで読者がどこをタップして画面を拡大したかが視覚的にわかるようにした。
電子新聞の紙面でタップすれば画面が拡大・縮小するので、「どの記事が読まれたか」のおおよその予測がつく。これをビジュアルで示すことで、「データ分析の専門知識がなくても、記事や広告の配置の改善に生かすことができるようにした」(竹尾代表取締役)。どの属性の読者がどのような記事に興味を示しているかがわかれば、その視線の先にある広告枠に読者にマッチした広告を配信することによって、クリック率を高めることができる。
産経デジタルの藤岡部長は、「新聞や雑誌のレイアウトは、工夫に工夫を重ねて進化してきたもの。このレイアウト技術をネット時代にも生かすとともに、収益の柱である広告配信プラットフォームは自らの手で進化させたい」と、新聞の強みを生かしながらも、ネット読者に合った広告配信アルゴリズムを磨き上げていくことで、さらなる収益の拡大につなげようとしている。(安藤章司)