デルは、8月に平手智行氏が新社長に就任すると同時に、執行役員副社長パートナー事業本部長に、松本光吉氏が就任した。この人事には、近年、同社が掲げてきた「ソリューションプロバイダへの進化」と「パートナービジネスの強化による販路拡大」という二つの大きなテーマで明確な成果を出し、国内の法人向けIT市場で、真のトップベンダーへの脱皮を図ろうという強い意志がみてとれる。(本多和幸)
直接販売と間接販売を対立概念にはしない

松本光吉
副社長 平手社長と機を同じくして就任した松本執行役員副社長パートナー事業本部長は、日本ヒューレット・パッカードでのキャリアが長く、コンパックコンピュータとの合併後の営業・パートナー戦略企画に携わったり、企業向け製品の営業やマーケティングの責任者を務めたキャリアの持ち主だ。大手外資系総合ITベンダーのビジネスのあり方と、国内IT市場の構造を知り尽くした人材といえる。
デルがパートナービジネスの強化を推し進めるべく、パートナー事業本部を立ち上げ、本格的に稼働させたのは、昨年8月。本部長には、直販部門で長くキャリアを積んできた渡邊義成氏(現・執行役員ゼネラルビジネス営業統括本部長兼西日本法人営業統括本部長)が就いた。1年が経過し、このタイミングで松本氏が副社長を兼務するかたちで新たにパートナー事業の責任者に就任したことは、パートナービジネスの強化をさらに一段階ギアを上げて推進していく方針の現れといえよう。松本副社長自身は、「デルの改革の正常な進化」と説明し、「従来、デルが直販で強みを発揮してきたのは、SMB向けの市場。パートナービジネスの変革を経験した渡邊は、現在再度SMB市場向けの直販営業を統括する立場になったが、いまのデルにとって、直接販売と間接販売は対立概念ではない。渡邊と私がタイアップして、パートナードリブンのビジネスを伸ばしていくことになる。パートナーからも、パートナービジネスを知っている人間がSMBの直販をみる立場になったことを評価していただいている」と語る。
間接販売と直接販売を対立概念にしないとは、どういうことなのか。新たな経営体制になったデルが構想するSMB市場向けのチャネル戦略は、直販で培ったさまざまな資産をパートナーに解放し、お互いの販路拡大に確実に寄与するスキームを新たにつくりあげるというものだ。パートナー事業本部の立ち上げ当初、郡信一郎・前社長は、直販営業の数万社の顧客をパートナーに移管する方針を示していた。新たな経営陣は、そこからさらに踏み込んだ協業のかたちを模索している。松本副社長は、「デルは直販の成果として、数十万のエンドユーザーの情報をもっている。これは、SMBに強い事務機メーカー販社などと同規模のマーケットリーチをもっているということ。さらに、宮崎市のカスタマセンターを中心に、正社員で数百人という規模のITに精通した、ロイヤリティが高いテクニカルサポート部隊がいて、彼らが一日に直接お客様とコンタクトする件数は、確実に1万を超えている。競合企業にいた経験からデルの強みはある程度理解していたつもりだが、この事実にはジョインしてからあらためて驚愕した」と振り返る。そのうえで、「これだけの規模でエンドユーザーと直接の接点をもっているベンダーは存在しない。これをパートナーと共有し、お互いの販路拡大に役立てるというのは、デルにしかできない新しいビジネスモデル」と、興奮気味に話す。
販売パートナーの面的拡大フェーズに
具体的に、どのような形態の協業プログラムをつくるのか、詳細は検討中だというが、すでにいくつかのパートナーと新しい協業のかたちを模索している段階だという。松本副社長のなかでは、デルの直販を支えてきた大きな武器で、「日本でもっともオペレーショナル・エクセレンスをもっている」と評価するテレセールスや、テレマーケティング、サポートなど、やはりカスタマセンターを基盤として提供できる機能を、パートナーと共用するかたちを考えているようだ。
パートナー事業本部を立ち上げた1年前は、既存パートナーの深掘り優先という方針を示していた。しかし、松本副社長らの動きは、販売パートナーの面的拡大フェーズに入ったことを示唆している。松本副社長も、地方を含めて地域のカバレッジを広げ、「全国津々浦々で勝てるようなパートナーとの協業関係をつくりたい」との意向を示している。ただし、直販で成長してきたデルを競合とみるIT販社が少なくないのも事実。松本副社長は、「そうした認識を解きほぐして、直販と間販はもはやデルのビジネスでは対立概念ではないことを社内外にていねいに説明していく。ただし、言葉だけでは納得してもらうのは難しいので、新しい協業のビジネスモデルで早く成功事例をつくり、デルと組むメリットを訴求していくことが重要」と見通しを話している。
大手SIerとの関係構築に絶対の自信をもつ
一方で、トータルソリューションプロバイダとしてのプレゼンス向上に向けても、新経営陣は動き始めている。平手社長は日本IBM、松本副社長は前述のとおり日本ヒューレット・パッカード出身だが、グローバルの大手総合ITベンダーでキャリアを積んだ二人からみても、「デルのソリューションプロバイダとしてのポートフォリオは、もはや比較対象がないほど幅広いし、お客様からの期待値も高い」という。しかし、少なくとも日本市場では、デルといえばPCやサーバーなどのハードウェアメーカーというイメージがいまだに根強いのも事実。そこで、大手SIerなどと連携し、エンタープライズ向けに、デルのソリューションの価値を訴求できるような事例を早急に構築していきたい考えだ。
松本副社長は、「広告だけでお客様やパートナーのマインドチェンジができる世界ではない。このレイヤは、社長の平手も私もキャリアの大半を過ごしてきた市場であり、過去、国内の多くのSIerと一緒にビジネスをしてきた。とくに大手SIerのエグゼクティブへのリーチという意味では、平手と私を合わせれば、どのベンダーよりも強固なパイプがあると自負している」と強調する。実際、すでに有力SIerとそうしたアライアンスの協議は始めており、彼らの反応も良好だという。
IBM、ヒューレット・パッカードという総合ITベンダーでパートナービジネスの経験をもつ人材を新たに経営陣に迎え、デルは、エンタープライズ向けビジネス、SMB向けビジネスの双方で、パートナーとの協業を前提とした成長モデルの実行段階に、ようやく本格的に移行したといえそうだ。