海運会社の昭和日タンは、基幹業務システムにTISの「MaritimeCube(マリタイムキューブ、旧製品名は船舶運航管理支援システム)」を採用している。しかし、採用までには紆余曲折を経た。前身の1社である旧日本タンカー時代に、本格的なシステム化を行った同社だが、そのとき、一度は「MaritimeCube」の採用を退けている。その後のシステム更改時には採用に至ったが、この間、両社ともに大きな変化があった。
【今回の事例内容】
<導入企業>昭和日タンJXホールディングスグループの昭和日タンは、2012年に旧日本タンカーと旧昭和油槽船が経営統合した石油製品の海運会社。内航船を中心に共同運航も含めて100隻規模を運航している
<決断した人>宇都宮 崇
担当マネージャー
旧日本タンカー時代から情報システム担当を長年担ってきた。自社のシステムのことなら酸いも甘いも噛み分ける
<課題>手組みの基幹業務システムが満足のいくものに仕上がらず、使い勝手に大きな課題を抱えていた
<対策>TISの海運業向け基幹業務システム「MaritimeCube(マリタイムキューブ、旧製品名は船舶運航管理支援システム)」を採用
<効果>「MaritimeCube」は、石油製品の海運業務のノウハウがふんだんに採り入れられているため使い勝手が飛躍的に向上した
<今回の事例から学ぶポイント>業務パッケージソフトはターゲットとするユーザーの業種ノウハウをどれだけ多く採り入れるかで完成度や顧客満足度が大きく変わってくる
石油製品の海運には「合わない」
JXホールディングスグループの昭和日タンは、共同運航も含めて100隻規模の油槽船を運航する石油製品に特化した大手海運会社である。同社のシステム化は、MSーDOS時代、Windows時代、ITホールディングスグループTISの海運業向け基幹業務システム「MaritimeCube」採用の時代と大きく3段階に分けられる。初期のMSーDOS時代、同社前身の1社である日本タンカーでは、いわゆる“パソコンに詳しい担当者”が見よう見まねでパソコンを業務に活用していたレベルだった。
しかし、Windows時代に入るとシステム化の重要性が一段と高まったこともあり、本格的なシステム構築の発注を決める。このときTISが、1984年から自社で開発してきた「MaritimeCube」を提案したが、この段階では「貨物海運には実績があったが、当社のような石油製品の海運業務には合わない」(昭和日タンの宇都宮崇・総務部総務グループ担当マネージャー)ことから、提案を却下している。

昭和日タンが運航する石油製品の運搬船
TIS
堀 勝
主任 この背景には、海運特有の特殊な業務特性があった。例えば天候が悪化すると、安全確保のために港やキャプテンの判断で作業を中断したり、沖合で退避するなどの影響を受けやすい。また、冬場は暖房用の灯油の需要が高まることから、昭和日タンのように石油製品を取り扱う海運業者にとって繁忙期であるものの、一方で海が荒れやすく、コスト増の予測がより難しくなる。さらに、直前まで積んでいた油類によってはタンクを洗浄したり、乾かしたりする手間の度合いが異なり、どのタンクにどんな油類を入れるかの組み合わせによってもコストが変わってくる。
情報システム上でも、こうした不確定、かつ複雑なコスト計算を迅速に行うことが「健全な経営、収益力のアップに欠かせない」(同)要素となる。昭和日タンでは既存のパッケージソフトでは、自社の業務に十分に合致したものはないと判断して、別の開発系SIerに手組みでシステムを発注した。
手組みシステムは実質「失敗」に
実はこのとき発注した手組みのシステムは、「とても不満足」(同)なものに仕上がってしまった。発注者である昭和日タンが手組みのシステムの発注に慣れていなかったばかりか、受注者であるSIer側も海運業務のノウハウがほとんどなく、イメージしていたものとは違ったものが出来上がってしまった。後年、同業他社がTISの「MaritimeCube」を相次いで採用している話を聞くようになり、再度、TIS(当時はTISと合併する以前のソラン)の担当者を呼んで話を聞いてみると、昭和日タンと同じ石油製品の海運業向けの機能も意欲的に取り込んでいることを知る。
同じ海運でも、貨物と石油製品とでは、業務内容が大きく異なる。石油製品では、一般的に重油や原油など「黒油」と呼ばれる商品を積んだ後に、ガソリンや灯油といった「白油」を積む場合は、ことさら念入りな洗浄が求められ、その分、コストがかさむ。航空燃料の場合はわずかな不純物にも特段の注意を払っている。これら油類が混ざってしまうコンタミ(不純物混入)事故は、石油製品の運搬では絶対に避けなければならない。システム的にも黒油と白油のそれぞれの需要予測や、どのように組み合わせて運送すれば最もコストが安くなるかを可視化しやすい仕組みが必要で、こうした点が貨物海運のシステムとは大きく異なる。
TISもこの点は認識しており、かつて昭和日タンへの提案を却下されて以降、「石油製品の海運業顧客にも重点的に営業を行うとともに、石油系の海運特有の業務フローをMaritimeCubeの機能として実装」(TISの堀勝・西日本産業システム営業部主任)してきた。そして、昭和日タンが手組みのシステムを更改するタイミングで再び「MaritimeCube」を提案したところ、みごとに採用され、2009年には本格稼働にこぎ着けた。さらに旧日本タンカーと旧昭和油槽船が12年に経営統合するとき、偶然にも旧昭和油槽船も「MaritimeCube」を使っており、システム統合の手間が大幅に省けた。(安藤章司)