【北京発】野村総合研究所(NRI、嶋本正社長)は昨年10月28日、中国のオフショアパートナーである中訊軟件集團(サイノコム)からNRI向けオフショア開発事業を買収した。買収された事業会社は、北京智明創発軟件(時崇明総経理)に社名を変え再出発を果たしている。対日オフショア開発の市場環境が厳しくなるなかで、NRIはなぜ同社を買収する必要があったのか。時総経理に、その背景と今後の方針について聞いた。(取材・文/上海支局 真鍋 武)
課題だった経営の健全化
──中国の人件費高騰と為替レートの変動によって、対日オフショア開発の市況は厳しくなっています。事業縮小や撤退を判断する日系IT企業が増えているなかで、どうしてNRIは買収の道を選んだのでしょうか。 
北京智明創発軟件
時崇明
総経理
1955年、瀋陽市生まれ。84年、瀋陽工業大学大学院修士課程計算機応用専攻。88年、北海道大学大学院情報工学専攻博士課程修了。99年、中訊軟件集団のサイノコム・ジャパン代表取締役専務。02年、代表取締役社長に就任。中国本社の董事高級副総裁を兼務した。15年10月、野村総合研究所による買収を受けて、北京智明創発軟件の総経理に就任した。 時 NRIと買収された旧サイノコムのオフショア事業との思惑が合致したからです。まず、NRI側の事情をお話ししましょう。NRIは2001年頃から旧サイノコムをオフショア開発パートナーとして利用し始め、04~05年頃には中国で最大の発注先となりました。数字で表すなら、月あたり1000人月以上の発注量です。つまり、システム開発と保守のかなりの部分を依存していたわけです。そしてNRIは現在、グローバル戦略のなかで、システム開発の体制強化を成長戦略の要としています。品質や生産性を向上して体制を強化するためには、自社のコントロール下に置いた方がやりやすいという狙いがありました。
一方、旧サイノコムは、12年に株主が変わり(SJIによる買収)、その後も度々株主の変更が起きました。株主変更が頻繁に起こるようでは、経営上のリスクは避けられません。実際に問題も生じました。そうすると、社員やお客様は不安を感じます。当然ながら、旧サイノコムにとってもNRIは最大のお客様ですので、両社は相互依存関係にあります。そこで、こうした問題はなんとしても解決しなければならないと、MBO(経営陣買収)や事業譲渡の可能性を探ったのです。
──株主変更によってどのような問題が生じたのですか。 時 旧サイノコムは、香港証券取引所の上場企業でしたが、株主が変わった後に、株式取引停止の事態に追い込まれたことがありました。このことは、社員にとっても、お客様にとっても大きなインパクトを与えました。強いていうならば、健全な経営ではなかったということです。その結果、社員は動揺し、一部の経営幹部では離職もみられ、お客様のシステム開発にも影響が出る恐れがありました。そこで、社員とお客様の利益を守るために、経営の健全化を考え始めたということです。
NRIのグループ会社となることは、経営の安定化につながりますし、NRIは自社のシステム体制に合わせることで、品質や生産性の向上を一層やりやすくなります。また、旧サイノコムの社員にとっても、さらなる成長の近道にもなります。つまり、今回の買収には、お互いにとってのメリットがあったのです。そういう意味で、プラスの取り組みだといえるでしょう。
──買収後、残されたサイノコム側とは、今もビジネス上でつながりがあるのでしょうか。 時 今はまったく取引がありませんし、同社は現在「新体育集団」に社名を変更しています。株主が変わったあたりから、同社はオフショア開発への関心が薄れ、他の事業を模索していました。現在は、インターネット関連の事業をやろうとしていて、北京智明創発軟件とは違う方向に進んでいます。そんな背景もあって、現在のサイノコムの経営陣も、今回の事業譲渡には納得しています。
グループを支える高水準内製部隊へ
──対日オフショア開発を今後も継続するには、コスト対策が不可欠な要素となってきます。今後はどのような取り組みを推進されますか。 時 すでにいろいな対策を講じてきました。高い付加価値を創出するための上流工程への挑戦や、経営の合理化による生産性の向上です。そして、もちろん地方への移転戦略もここ数年で推進してきました。北京、上海に加え、大連、成都、吉林、無錫に拠点をもっていますが、地方戦略はこれからも加速していきます。今後3~5年経てば、人材を集められる新たな拠点の開拓も検討する必要が出てくるでしょう。
ただし今回、NRIグループの一員になったことで、いろいな事業の計画をしやすくなりました。高度な能力と高い品質をもつ内製部隊として、グループの中期経営計画の実現に貢献していきます。とくに16年は、人材戦略に関しては下流工程の地方展開を進めます。現在、智明創発のスタッフは、日本拠点の200人を含めて約1300人程度ですが、北京や上海での従業員の自然減は補充をせずに地方を増やします。吉林や無錫では、100人単位での大卒者の新卒採用を考えています。
それでも、オフショア開発の規模自体は大きく拡大する方向にありませんので、人材の数は全体では大きな増減はないでしょう。
──対日オフショア開発会社では、人材の安定雇用も難しくなっています、地方都市では採用しやすい状況にあるのですか。 時 これは、企業の努力次第ですね。知名度の向上、会社の文化・社風、待遇面などでアドバンテージをもって、地方拠点ながらも魅力のある企業となることが求められます。現地の大学とアライアンスを組んで、学部4年生の育成を支援したりするなどの努力が必要でしょう。
──では、御社の魅力はどんなところでしょうか。 時 まず風通しがいい会社であること。そして、公正・公平に人事評価をできることです。これは非常に重要な要素です。中国の場合、従業員が同期と待遇面を比べることがありますし、向上心のある人材は、自分の頑張りに対する見返りを求めます。適正なインセンティブは大事ですね。
当社では、旧サイノコム時代からもこうした取り組みを進めていて、同業者のなかでもスタッフの自然減は少ないです。とくに、NRIグループになってからは、かなり離職率が抑えられています。今後は、NRIグループの内製部隊として、健全な経営を目指すとともに、グローバルでの競争力を強化するための優秀な人材を育てていきます。