クラウドERPのパイオニア的存在であるネットスイート(ザック・ネルソンCEO)は、5月16日から19日までの4日間、米サンノゼで年次プライベートイベント「SuiteWorld 2016」を開いた。ERP市場にもクラウドの波が押し寄せ、ネットスイートにとっての市場環境も急激に変化しており、クラウドネイティブであること自体が差異化要因であった時代は過ぎ去ろうとしている。ネットスイートが、新しいフェーズに入ったERP市場に問う、自らの価値とは──。(本多和幸)
クラウドは業界標準になりつつあるが……
ネットスイートは過去のSuiteWorldで、SAPをはじめとする既存の大手ERPベンダーを、「古いアーキテクチャとビジネスモデルから脱却できず、成長が鈍化した時代遅れの存在」として批判し、その対極にある存在として、自社の先進性をアピールしてきた。しかし近年、そうした大手ERPベンダーが、相次いで次世代ERPとも呼ぶべき新製品を世に出している。クラウド時代を前提に、従来製品の進化の延長上にはない、新しいアーキテクチャの製品を開発し、主力製品として市場に訴求し始めているのだ。重厚長大な旧来型のERPに対するアンチテーゼでもあったネットスイートのERPは、クラウドネイティブであることを大きな強みの一つとしてアピールしてきたが、クラウドがERP導入の際の標準的な選択肢になりつつあるいま、同社が「SuiteWorld 2016」でどんなメッセージを打ち出すのかが注目された。

ザック・ネルソンCEO 基調講演で登壇したザック・ネルソンCEOも、ERP市場全体がクラウドにシフトしているとし、「われわれが創業した当初はクラウドでERPを提供することは受け入れられなかったが、状況は変わった」と、市場環境がネットスイートの先進性に追いついてきたことを示唆した。そのうえで、ネットスイートの製品開発のもともとのコンセプトについて、「われわれが目指していたのは、財務マネジメントのシステムをつくることではなく、ビジネスを動かすためのシステムをつくること、そして、それをクラウド上だけで動かすこと、さらにネイティブなEコマースをコアなシステムのなかに組み込むことの三つだった。結果として、すぐれた財務マネジメント機能を網羅したシステムができたに過ぎない」とあらためて説明。このコンセプトの先見性こそが、同社製品の強みであり続けていると訴えたかたちだ。
ERP市場全体のクラウド化が進んでも、他の有力ERPベンダーはハイブリッドクラウドを選択肢として排除する戦略は採っていない。しかしネットスイートは、「ハイブリッドクラウドを一旦やり始めると、セキュリティ対応、拡張性などの面でさまざまな縛りが出てきたり、運用が複雑化し、結局はうまくいかなくなる」(ネルソンCEO)とし、クラウドに完全に特化したネットスイートの優位性はまだ失われていないとの見方を示した。
“スイート”はいまだ差異化要因たり得る
それ以上にネルソンCEOがメッセージとして強調したのは、トランザクション(取引)データの活用こそが、ユーザーのビジネスを成長させるカギだという点だ。「ウェブブラウザを通じて、ユーザー企業の誰もがトランザクションデータにアクセスできるようにしたことがネットスイートのイノベーションだった」のだという。例えばネットスイートの主力製品であるビジネスアプリケーションスイート「NetSuite」は、財務会計を含むERP、オムニチャネル対応のEコマース、CRMなどを、データベースが統合された単一のシステムをSaaSとして提供する製品だ。ネルソンCEOの基調講演で触れた「ネイティブなEコマースをコアなシステムに組み込む」とはまさにこうした特徴を指すといえそうだが、「顧客の行動を定義する一番重要なデータはトランザクションデータであり、Eコマースにしろ、CRMにしろ、ERPとバックエンドシステムを共有してトランザクションデータを活用しなければ、真に効果的なマーケティングやセールスの施策などにつなげることはできないはず」(ネルソンCEO)というのが、ネットスイートの一貫した主張といえる。
ネルソンCEOが、CRMの最大手である米セールスフォース・ドットコムに言及した内容を聞くと、その真意はよりわかりやすくなる。『週刊BCN』を含む日本メディアのインタビューでネルソンCEOは、「セールスフォースにはトランザクションデータが欠けていて、見込み客の情報しかない。それでは本来のCRM、つまり顧客中心の顧客管理は実現できない」とコメントしている。
ネルソンCEOのメッセージを整理すると、単一のバックエンドを共有し、トランザクションデータを幅広く活用できる「スイート製品」であることが、同社の最大の強みだと考えていることがわかる。
今回、基調講演内では、主要な新製品として、オムニチャネルの受注や配送を自動で効率化する「Intelligent Order Management」、多様なビジネスモデルに対応する課金システム「SuiteBilling」、多言語多通貨対応のグローバルビジネス向けアプリケーションスイート「OneWorld」の最新版「OneWorld 16」が発表された。また、M&AによりBrontoを傘下に加え、包括的なデジタルマーケティングソリューション機能を網羅するようになったことも明らかにした。BrontoはB2C領域のデジタルマーケティングソリューションベンダーであり、同社がもともと有していたB2B向けデジタルマーケティングツールを補完するかたちになった。これらの新しい機能も、基本的には単一のアプリケーションとして切り売りするわけではなく、あくまでもスイート製品の付加価値を高めるものと位置づけている。

エバン・ゴールドバーグ
会長兼CTO 一方で、トランザクションデータを活用するスイート製品であるからこその価値を訴求するほど、単一のアプリケーション導入に比べて導入のハードルが上がってしまうのも確かだ。事実、ネルソンCEOの批判の対象になったSFDCは、ネットスイートと同じようなかたちで米オラクルからスピンアウトして生まれたが、いまや売上規模ではネットスイートの約9倍の規模に成長している。ネルソンCEOとともに基調講演のメインスピーカーを務めたエバン・ゴールドバーグ会長兼CTOは、「開発プラットフォームに注力し、あらゆる業界や企業規模に対応できる拡張性があることもネットスイートの強み」と話した。それでも、今回、先進ユーザーとして紹介された企業は、イーロン・マスクが提唱した超高速旅客システム「Hyperloop」を開発するHyperloop Oneや、スマートヘルメットの開発・販売を手がけるDaqriなど、ベンチャー色の強い企業が多かった印象だ。ネットスイート自身がさらに成長のスピードを上げるためにはユーザーの裾野を拡大することが不可欠にみえる。クラウドの浸透などの市場環境の変化が、同社の戦略をより広く受け入れられる後押しをすることになるのか、注目だ。
なお、日本では、6月に日本マイクロソフトでERPビジネスやパートナー戦略を担当した中西智行氏が日本法人の社長に就き、販売チャネルの再整備も含め、ビジネスのてこ入れに着手する。