世界を変えるイノベーションを、九州から――。日本IBM(ポール与那嶺社長)は、九州地域の企業や大学、地方自治体で地域のイノベーションをITで実現するプログラム「イノベート・ハブ九州」を開始した。産官学が議論して生み出した独創的なアイデアに対し、同社が保有する先端のデジタルテクノロジーや地元IT企業のビッグデータなどを提供し、九州内外の企業とのマッチングや資金提供を含め事業化を支援する。同社の本拠地、米国ではITを使った革新的なビジネスモデルが次々生まれている。一方の日本では、IT産業が首都圏に集中し、IT利活用も地域間格差がある。こうしたジレンマを払拭し地域活性化を実現するため、まずは同社が“黒子”になり、実際に九州でビジネスの種を事業化まで導く取り組みを始めた。
ゼンリンが地図情報を提供
8月6日、福岡・天神のTKPガーデンシティ天神など3会場で開いた事業説明会とアイデアソンには、予想を超える500人以上が集まった。これを皮切りに、アイデアソンで議論した“ビジネスの種”をベースに、8月27日と28日の二日間のハッカソンでは具体策を練り上げた。9月6日には、実際に事業化する内容を決める発表の場となる「DemoDay」を行う予定だ。

福岡・天神のTKPガーデンシティ天神などで開かれた事業説明会・アイデアソンには、
500人を超える参加者が集まった
イノベート・ハブ九州は、ワークショップやハッカソンを通じ九州ならではのコンテンツ、地域の暮らしに関するオープンデータ、参画企業から提供される固有データのほか、同社が保有するAI(人工知能)などを組み合わせ新サービスを発掘、事業化し、継続的な発展を目指す。協賛パートナーとしてゼンリン、ソフトバンク、西日本新聞、ふくおかフィナンシャルグループ、安川電機、協力パートナーとしてベンチャーキャピタル3社、学術パートナーとして九州大学などが名を連ねた。
今回は、「まち・くらし」「観光・エンタメ・スポーツ」「ヘルスケア」「ロボティクス」の4テーマからエントリーを募った。例えば、観光であれば、ゼンリンの地図データが提供されたり、ロボットならば安川電機の技術・ノウハウが得られたり、西日本新聞の記事アーカイブや写真、統計データなどの提供がある。日本IBMは、アイデアを形にするためのデータ分析やシステム開発などに使うプラットフォームとして、「IBM Bluemix」「SoftLayer」「IBM Connect」などのクラウド・サービスの提供や、ベンチャー企業を支援するインキュベーション・プログラム「IBM BlueHub」との連携、IBM独自の海外進出プログラムでサポートする。
このプログラムで中心的な役割を果たす同社マーケティング&コミュニケーションクラウド・マーケティングの古長由里子理事は、「ビジネスを発掘することにとどまらず、ワークショップ、アイデアソンやハッカソンを通じて、新たなサービスの事業化やビジネスマッチングを支援する。出資を含め、事業化したビジネスを発展させ、海外進出することまで考えている」と、同社の過去のプログラムと比較しても、画期的なものだと説明する。
首都圏との格差是正にIT

マーケティング&
コミュニケーション
クラウド・マーケティング
古長由里子
理事 同社はこれまでも国内でベンチャー支援や、IT業界だと独立系ソフトウェアベンダー(ISV)の海外進出支援などで、ITでイノベーションを起こすべく取り組みをしてきた。それぞれに一定の成果を出してきたが、「日本企業のビジネスは、首都圏に一極集中したまま。首都圏以外の地域では、本来、こうした格差を是正するために利用すべきITが使われていない」と、自らも北九州出身の古長理事は、ITを使って革新するスキームが地域に浸透していかないジレンマを感じていた。企業内で新たな事業を立ち上げようとしても競合・取引先との関係や投資対効果を問われてしまうからだ。
これらの課題を解消する場を設けることを検討し始めたのが数年前という。九州を選択した理由は、ここが日本産業の集積基盤として層が厚く、とくに福岡市は地方創生で成功している都市だからだ。また、日本IBMは1982年から30年以上に渡り、「九州フォーラム」と題し九州・沖縄の諸問題を解決に導く活動をしてきた実績がある。古長理事は、「イノベーションを起こすには一社単独では難しい。企業内だけでなく、外部とアイデアをすりあわせて事業化するオープンイノベーションが必要だ」と、クラウドの進展やデータ分析技術などが容易に使える環境になったのを機に、長年の計画を実行に移したという。
福岡県は、2009年に当時の麻生渡知事が「福岡ニューディール」政策を掲げ、水素エネルギーやがんペプチドワクチンなどの振興に加え、国産のコンピュータ言語「Ruby」による新しいソフト産業の育成を掲げた。北九州市では、02年に掲げた「e-PORT構想」をもとに、データセンターの誘致など、ITの集積化を進めてきた。福岡県は、自治体が後押しする形で、ITを使って産業変革を促そうという下地のある地域だといえる。そういう意味では、このプログラムを成功に導く絶好の場だ。
九州での取り組みが定着すれば、他の地域での実施も視野に入れる。地域で複数の関係者が知恵を出し合い、ITなどを使ってアイデアを事業化する。事業化が最終目的だはなく、この仕組みを全国に定着させイノベーションをつくる土壌を育てるのがゴールだ。地域創生にこのプログラムが貢献できることを期待したい。