“IPアドレス枯渇”問題への抜本的な対応策として、IPv6への移行が長年叫ばれてきたが、一般の家庭や企業では現在もIPv4のみでインターネットを利用しているケースが多い。しかし、ここ数年でNTT東西のIPv4網を利用したサービスでの速度低下が顕在化。中小企業向けルータのベストセラー機を出すヤマハが、ISPのIPv6サービスに対応したファームウェアを出すなど、アドレス枯渇ではなく速度の問題がIPv6化を後押しし始めた。(日高 彰)

法人向けIT市場でも高まる通信速度への要求


速度低下の原因は「網終端装置」

 光回線とISP(プロバイダ)サービスのセット販売形態「光コラボレーションモデル」が始まった2015年頃から、ネットユーザーの間では「夜間にインターネットが遅い」という声が目立つようになってきた。速度低下はさまざまな原因で発生するが、不満の声を上げているユーザーに共通していたのが、NTT東西のフレッツ光を利用していたことだ。

 実際には、フレッツ光のネットワーク自体には「まだジャブジャブ使えるだけの余裕がある」(通信キャリア関係者)という。速度低下の原因となっていたのは、フレッツ光のバックボーンである巨大ネットワーク「NGN」(Next Generation Network)と、ISPの接続点に設置される「網終端装置」の混雑だ。

 網終端装置はNTT局舎内に設置されている。家庭やオフィスでホームゲートウェイやルータなどの機器が接続動作を開始すると、NGNを経由して網終端装置につながり、ユーザー認証が行われ、ISPを通じてインターネットへの通信が可能になる。しかし、契約者数やトラフィック量の増加に網終端装置の増設が追いついていないため、装置前後の伝送路に余裕があったとしても、動画を視聴するユーザーが多い夜間などに大幅な速度低下がしばしば発生している。光回線よりもモバイルルータのほうが通信が高速な場合すらあるという。

 網終端装置は、ISPでなくNTT東西の管理下にあり、通信量ではなく同時接続数に応じてNTT側が増設を行ってきた。このため、大量の速度低下が発生していても、セッション数がNTT基準に満たない場合、増設には至らず速度は改善されなかった(今年ようやく、ISP側の費用負担により網終端装置の増設を行うことが可能になった)。
 

混雑の少ないIPv6網にIPv4パケットを流す

 この、網終端装置の混雑を回避する方法のひとつが、IPv6での接続だ。IPv6の利用にはいくつかの方法があるが、IPoE方式(ネイティブ方式)と呼ばれる方法では、ユーザーのIPv6パケットはISPのネットワークを経由せず、ISPが委託したVNE(仮想通信提供者)を通じてインターネットに接続される(ISPはネットワークの運用に直接的には関与せず、VNEのネットワークをユーザーに再販する事業形態となる)。

 この方式では、網終端装置を通らないため混雑の影響を受けないが、IPv6に対応していないホストに直接接続することはできない。しかしVNE各社は、IPv6ネットワークにIPv4パケットを流す「IPv4 over IPv6トンネル」サービスを提供しており、これを利用することで、IPv4にのみ対応する従来のウェブサイトなどにも、網終端装置の混雑に影響されず快適にアクセスできるようになった。

 IPv4 over IPv6トンネルへの対応はコンシューマ向けのルータで先行していたが、今年5月には、中小企業向けルータ最大手のヤマハが、「RTX1210」および「RTX830」で、大手VNE・日本ネットワークイネイブラー(JPNE)の提供するトンネリングサービス「v6プラス」への対応を発表した。v6プラスが提供されているISPの利用者は、対応ルータを導入し、v6プラスを有効にするだけで、追加の回線料金を払うことなく通信速度を向上させることができる。
 
JPNEの「v6プラス」に対応するヤマハ「RTX1210」

WANのパフォーマンスを低コストで改善可能

 ヤマハによると、同社のルータはインターネット契約付きの集合住宅で採用例があり、v6プラスに対応して通信速度を改善することで、入居者に対するサービス品質を向上させることができたという。

 中小企業の一般事務においては、従来インターネットの通信速度はそれほど重視されなかったが、現在ではクラウドアプリケーションの利用が一般的になっているほか、Windows 10ではおよそ半年に一度発生する大型アップデートの際、ダウンロードトラフィックの集中で業務効率が低下するといった問題も発生していることから、今後通信速度への要求は高まることが予想される。

 オフィス以外でも、例えば複数の店舗をもつ企業では、防犯カメラのリモート管理、デジタルサイネージのコンテンツ更新、オンラインストレージへのデータバックアップなど、WANのパフォーマンスに依存する業務システムが拡大している。IPv4 over IPv6のトンネリングサービスを活用することで、高価な接続サービスやネットワーク機器を利用しなくても通信環境が快適になれば、中小企業へのクラウド導入のハードルを下げることにもつながりそうだ。

 アジア太平洋地域におけるIPv4アドレスの在庫は11年に枯渇しており、それ以降は返却されたアドレスの再割り当てや、事業者間でのアドレス移転取引でしのいでいる状態だが、それでもIPv6はなかなか普及しなかった。しかし、アドレス空間の拡張という本来の価値とは別の、WANのボトルネックの回避という目的で、IPv6ユーザーの数は増加に向かいつつある。